海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「24時間」グレッグ・アイルズ

米国のベストセラー作家による2000年発表のスリラーで、ストレートに「誘拐物」に挑んだ力作。身代金目当ての誘拐事件を扱うミステリは、警察/犯罪物を中心に数多いが、新たなアイデアを盛り込まなければ、過去作品の単なる焼き直しと評価されかねない。現代では堅牢なセキュリティシステムだけでなく、GPS機能搭載の携帯電話普及などにより、成功率は極めて低いため、犯罪者にとってはリスクが高い。さらに、幼い子どもの誘拐を扱う場合は物語のトーンは重くなるため、いかに娯楽小説として成立させるかが作家の腕の見せ所となる。

若くして頭角を現した麻酔科医ジェニングス。出張した隙を突かれ、5歳の娘を誘拐された。家は山中にあり、近隣の住人は異常に気付かない。犯人は3人組。それぞれがジェニングス、妻カレン、娘アビーを引き離して監禁状態にした。主犯格の男ヒッキーは、仲間二人の定時連絡が途絶えた場合は即刻子どもを殺すと脅す。身代金受け渡し完了までを24時間で終えると告げ、同様の誘拐を年に一度、一人も死人を出すことなく過去4回成功させていると付け加えた。肝は、決して警察とFBIを介入させない狡猾なプランにあったが、ジェニングスのケースでは重要な見落としがあった。誘拐したアビーは小児糖尿病を患っていたのだった。この一点によって、ヒッキーの周到な筋書きに狂いが生じていく。

本作も前半は概ね誘拐物の定型に倣っており、序盤ではパニックに陥ったジェニングス夫妻の焦燥と葛藤をメインとするが、中盤からはいかにして誘拐プランの穴を突き、娘を救出するか、という犯人との知恵比べに移行する。傲慢で強欲な犯罪者ヒッキーをどう打ち崩すか。

文章は淡泊だが、簡潔でスピード感に溢れる。ハリウッド映画張りのクライマックスも、極めて映像的。案の定、映画化もされていた。人物造形やストーリー展開に意外性は無く、これまでの誘拐物にド派手な演出を施したという感じだ。一捻り加えた犯罪計画も、主犯の高慢さ故に破綻していくのだが、これも読者の倫理観を配慮した結果だろう。主人公が金持ちで救出に自家用飛行機を駆使するというのも、いかにもアメリカ的。ヒッキーの仲間となる無垢な大男と誘拐された少女が次第に心を通わせるさまを「美女と野獣」になぞらえるなど、娯楽小説のツボは過不足なく押さえている。
ただ、安心して読めるのは良しとしても、あまりにも毒がない。読み終えた後に、なにも残らない。家族の絆は何よりも強く、卑しい者はどこまでも卑しい。この型通りのアウトラインに物足りなさを覚えたからだろう。

評価 ★★★