海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「赤毛の男の妻」ビル・S・バリンジャー

医者を志しながらも環境に恵まれず、貧しい人生を歩んできた男。彼にとっては、学生時代に出会い、激しい恋に落ちた美しい女だけが心の拠り所だった。だが、格差故に引き離され、放浪。長い年月を経て行き着いた果ては刑務所だった。やがて男は脱獄し、その足で女と再会した。だか彼女は人妻となっていた。修羅場となり、男は女の夫を殺害。まだ未練を残していた女は、愛する男と共に逃亡することを決意する。

1956年発表作で、日本のミステリファンに読み継がれてきた作品のひとつ。殺人を犯した男と女を軸とする三人称、二人の痕跡を追う孤独な刑事の一人称で交互に構成。刑事は、追い詰められいく男への共感の度を次第に深めていくのだが、その素性は最後に明かされる。しかし、この時代ならではの〝意外性〟なため、今読めば古さは否めない。また、この名無しの刑事に翻訳者は「ぼく」という一人称をあてているが、新米警官ならともかく「私」を使うべきであり、最後まで違和感があった。プロット自体に大きな捻りは無く、サスペンスも抑え気味。悲劇的な物語だが、文章があまりにも地味で、情感が流れない。起伏の乏しい展開のため、「追う者と追われる者の息づまる攻防は、そのまま複雑なアメリカ社会に苦悶する人間の縮図である。一見単純な構成の中に秘められた最終ページの恐るべき感動」という創元の惹句は、あまりにも大袈裟過ぎると感じた。

評価 ★★