海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「人狼を追え」ジョン・ガードナー

あとにクルーガーシリーズでスパイ小説の金字塔を打ち立てるガードナー1977年発表作。本作はいわゆる〝ナチス物〟だが、これがかなりの異色作だ。

1945年4月30日、ベルリン地下壕でヒトラーは自殺した。側近らが次々に逃亡を謀る中、或る将校に手を引かれた少年が地下壕から脱出するさまが目撃されていた。ヒトラーから直々に勲章を授かったこの少年の存在は、様々な憶測を呼んだ。ヒトラーの後を追い、家族全員が無理心中したはずの最側近ゲッベルスの息子が生きていたのではないか。大戦終結後、英国秘密情報部は「人狼」という暗号名を少年に付け、事細かく痕跡を追っていた。時は流れ、現代。人狼はしばらく南米で或る事業を展開していたが、英国人の女と結婚、子どもをもうけ、遂に渡英してきた。いよいよ、ナチス再興に向けて動くのか。その真意を測りかね、脅威を感じた同国情報部は、人狼の正体と狙いを暴くために、前代未聞の罠を仕掛ける。

人狼と名付けられた男は、果たしてナチス復活を企てる危険人物なのか。本作は、これが全てだ。サスペンスに満ちた追跡劇も、大国間の激烈な諜報戦もない。一人の〝ナチス残党〟に対して陥った英国情報機関の疑心暗鬼とその結末を、極めてドライに、虚無的に描くことを主軸としている。情報部が人狼をどのようにして追い詰めていくか。それによって人狼のみならず、罪無き彼の家族がどう崩壊していくのか。その冷徹さは凄まじく、当然カタルシスは苦い。英国秘密情報部員の主人公は、疑問を持ちつつも工作を進め、事の顛末の一部始終を目にする。そして最後まで傍観者の姿勢を崩すことはない。

過去からの亡霊。記憶は蘇るのか。仮面は剥がれるのか。だが、作者は示唆する。実際に亡霊に呪縛されているのは、陰謀にいそしむ国家組織そのものであることを。単にストーリーを追うだけは、アイロニーに満ちた批判性を読み取ることはできないだろう。

本作はいわばアンチ・エスピオナージュともいえるのだが、終焉のカタストロフィーは重苦しく救いがない。惜しむらくは、プロットにもうひと捻り欲しいところだが、ガードナーはまだ模索期にあったのかもしれない。クルーガーシリーズは、この修練があってこその結実なのだろう。とにかく、強烈な読後感があることだけは確かだ。スパイ組織とは、かくも非情なのか。

評価 ★★★