海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「スカーラッチ家の遺産」ロバート・ラドラム

1971年上梓の処女作。舞台俳優や劇場主から作家へと転身したラドラムは、この時すでに50代。よほど物書きへの強い憧れがあったのだろう。以降毎年のように大作を発表し続け、その大半がベストセラーとなるという稀に見る成功を収めた。特に「暗殺者」(1980)は最も脂の乗った時期に書かれたスパイ・スリラーの傑作で、2000年代に大ヒットした映画「ボーン・シリーズ」の原作としても脚光を浴びた。

本作は、世界大戦の第一次から第二次末期までを背景とし、ラドラムの真骨頂であるスケールの大きい謀略を軸に据え、世界情勢に影響を及ぼすまでに肥大化した米国の財閥が辿る栄枯盛衰を描いている。だが、核となるアイデア自体は良いとしても、構成の粗さが目立つ。ラドラムの文章は非常に無骨で味わいのなさが欠点なのだが、デビュー作では尚のこと気になった。人物も概ねステレオタイプで、要となる過去の掘り下げや感情表現などが弱い。散々世界を混乱に陥れた男が、その最期を前に願い出る内容のつまらなさには脱力した。本作はカネが物を言う資本主義の脆弱性を浮かび上がらせているともいえるのだが、男の真意がいまひとつ伝わらず、狂言回しとなる主人公もさっぱり魅力がないため、早く読み終えたいという気持ちだけが先走った。

評価 ★★