ジョン・F・ケネディ暗殺事件は、20世紀における米国史上最大のミステリともいわれている。今も数多の陰謀論の種子となっている要因は、混迷した世界情勢下で国内外問わず「敵」と目されていた存在があまりにも多く、加えて各々が多種多様な動因を抱えているため、いわばどこの国/組織/人物であっても首謀者で有り得るという、極めて不明瞭つ複雑に絡み合った因子を持つからだろう。決め手に欠けるオズワルド単独犯説を疑問視し、まことしやかに流布する種々雑多な「真相」。この格好の〝素材〟は、ジャーナリズムの世界ばかりでなく、小説家らの創作意欲をも搔き立てきた訳だが、史実に如何にして斬新な脚色を施し、リアリティを保ちつつ魅力的な作品に仕上げるかは、当然のこと創作者の腕次第となる。1974年上梓の本作は、暗殺の真相に肉迫する迫真性をそなえていることはもちろん、元CIA局員マッキャリーならではの情報収集/分析力と、作家としての優れた技量が見事に結実したスパイ/スリラーの傑作である。
米軍介入後泥沼化の一途を辿ったベトナム戦争。物語は、その序章となるクーデター、1963年11月1日南ヴェトナムでのゴー・ディン・ディエム大統領殺害を発端とする。南北対立が深まるヴェトナムの地で、身分を偽装し諜報活動に従事していたCIA工作員ポール・クリストファーは、ケネディ暗殺の報を受け、ディエムの死との関連性を直観する。陰謀の臭気を嗅ぎ取り独自に調査を始めるが、重要な手掛かりはディエムの血縁者がもたらした「レ・トゥー」という不可解な暗号のみだった。全世界が不穏な空気に包まれた中、クリストファーは身辺に危険を感じつつも、謀略と暴力の渦中へと乗り込む。やがて、ヴェトナム古来の因習に起因する闇の力、凄まじい復讐の情念が眼前へと姿を現す。
マッキャリーは、冷戦期真っ只中の勢力図を俯瞰した上で、時代背景を的確に整理し、臨場感溢れる舞台を用意している。見過ごされてきた事実を抽出してパズルのピースを填め直し、1963年11月22日のダラスへと繋がるプロセスを再構築、冒頭で組み立てた物語の核となる大胆且つ緻密な推論から導き出された瞠目すべき結論/真相を立証する。
終幕に向かって加速度的に緊張感を増す展開。精緻な構成力と洗練された筆致も素晴らしく、深みのある人物造形、哀感に満ちた情景描写によってプロットの強度を高め、熟成したスパイ小説としてまとめ上げている。特に、詩人でもある主人公クリストファーの陰影に富む言動は味わい深く、出番は僅かながらも忘れ難い印象を残す誇り高き男、ディンペルとのエピソードは、非情な世界であるからこそ、より一層詩情が際立つことを物語っている。
論理と情理の結晶、読後の余韻も格別だ。
評価 ★★★★★