海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「リプレイ」ケン・グリムウッド

人生を再びやり直せたなら。このテーマに数多の作家が挑み、これまで様々な趣向を凝らした作品が創り出されてきた。ただ、その大半はファンタジー色の強いノスタルジックな物語であろうし、「感動のドラマ」を構築するための設定としては使い古された感もある。1987年発表の「リプレイ」は、その後の同系列の作品に大きな影響を与えたといわれ、翻訳された当時もミステリファンの間で随分と評判になった。恐らく、ある程度の社会経験を経た大人にこそ共感できる要素を多分に盛り込んでいたためだろう。要は実に「生々しく」人生のやり直しを描いているのである。

主人公の男は43歳で突然死し、これまでの記憶を保ったままに、18歳の自分へと〝再生〟する。男は文字通り「人生をやり直す」ことになるのだが、理不尽にも25年後に〝その日〟を迎えると死ぬ。そして、僅かな時間のずれを生じさせながらも、同じように〝再生〟する。この呪われたサイクルの中で、主人公は否応にも生き方を軌道修正せざるを得ず、都度物語は様相を変えていく。いわば、一人の男が繰り返す〝再生〟に焦点を当てることにより、不条理な生死の命題が浮かび上がってくるという構成だ。といっても、哲学的な追究ではなく、あくまでも主人公らの行動を主体とし、サスペンスに満ちたエンターテインメント小説として仕上げている。

最初の〝再生〟では、平凡な人生では為し得なかった欲望を前面に出す。即ち、ギャンブルや株によって財を蓄え成金としての刹那的な欲を実現する。同時にケネディ大統領暗殺などの歴史的事件が己の働き掛けによって改変されることは無く、この世界では変わらず無力であることを知る。巨万の富を残して死亡、単なる貧乏学生へと舞い戻る。男は「やり直す」ことの空虚さに幻滅して、自暴自棄同然の怠惰な生活へと墜ちていく。
さらに次の段階では、愛する者と生きるという幸福の追求へとひた走る。妻との間には叶わなかった子どもを授かり愛情を注ぐが、定められた己の死によって、子の存在は抹消される。このパートは本作で最も痛切なテーマを含んでいるのだが、間違いなく「無」になることが判っていながらも、身勝手にも尊い生命を生み出し、殺してしまった自分の罪の重さに嘆く。そして、社会との関わりを回避するために、世捨て人となっていく。このあたりのエピソードは印象深い。
何故、生き返るのか。この不条理な〝再生〟は何を意味しているのか。男は同様の〝再生〟をする女と巡り会い、世間へと公表した上で、その謎を解き明かそうとする。だが、〝再生〟して生きる期間は回数に応じて加速度的に縮まっていた。それは、果たして真の「死」となるのか。そこに何らかの救済はあるのか。

日々、人生の岐路に立ち、様々な選択をして踏み出した一歩の後に「やり直し」は無い。つまり、成功なり、失敗なりの経験を経た上でのやり直しは、似たような情況下で二度目の選択をするに過ぎない。本作「リプレイ」で主人公が為すのも、やはり選択のやり直しであり、寸分違わぬ人生を繰り返す訳ではない。
人間として成長するチャンスを、常人よりも多く与えられた幸運な存在。本作の主人公を言い表すならば、そういうことになる。

評価 ★★★★

 

リプレイ (新潮文庫)

リプレイ (新潮文庫)