海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「悪を呼ぶ少年」トマス・トライオン

決してホラー小説を多く読んできた訳ではないが、文字通り恐怖感を覚えた作品は少ない。「悪魔の収穫祭」(1973)はその稀な作品のひとつで、ポーやラヴクラフトらの古典に通じる根源的恐怖を現代へと鮮やかに甦らせていた。トライオンは42歳で俳優を引退し作家に転業した。1971年発表した本作は、アイラ・レヴィンローズマリーの赤ちゃん」(1967)から刺激を得て創作したという。2年を費やしているだけあって完成度が高く、期待を裏切らない。

米国の閉ざされた田舎町でリンゴ農園を営み、三世代が同居するペリー家。物語は、同家の十歳となる一卵性双生児の弟ナイルズを軸に進行する。明るくて聡明な弟に対して兄ホランドは陰湿で暴力性を秘めていた。父親は不可解な状況下で事故死、母親は精神を病んで家に引き籠もっている。現在、ナイルズとホランドの面倒を見ているのは、愛情豊かな祖母アダだった。しばらく前から双子の従兄弟ラッセルが滞在していたが、反りが合わないホランドらは忌み嫌っていた。そんな中、ひとり遊びをしていたラッセルが、納屋の二階から落ちて死ぬ。ナイルズは、ホランドが殺したのではないかと疑うが、真相は分からない。その後も奇怪な出来事が立て続けに起こり、一家は重苦しい悲劇に見舞われていく。

三部構成で濃密な世界を創り上げている。まず、正体不明の語り手が冒頭で各篇の概略を述べるのだが、曖昧模糊とした不気味な口述で、果たして事実か否かを推測することは難しい。本編は、中盤までは格調ある文学的筆致で、ゆったりとしたペースで流れていくが、終盤に差し掛かるところで一気に様相を変える。全編に大胆な仕掛けを施しており、中途で積み重なった疑問が氷解し、第三部で恐怖の世界へと叩き込まれる。双子という設定を見事に結実させており、衝撃度が高い。

少年を主人公に据えたホラー小説は多いが、ノスタルジックなムードでごまかすのではなく、危うさを抱えた脆弱な子供の異常心理を真正面から抉り取る。その剛腕には目を見張る。
重く哀しい終幕に向けて徐々に読み手の恐怖心を煽っていく技巧は、この分野の手本にも成り得るもので、短絡的に悪魔や怪物、殺人鬼を放り込めばホラーが成り立つものではないことを実証している。

トライオンは寡作で、翻訳された作品も今では入手しにくいが、本作や「…収穫祭」を読む限り、豊かな想像力と秀れた創造力を兼ね備えていたことが分かる。何よりも、デビュー作にして圧倒的な筆力を見せていることに驚く。小説家として元々素質があったということなのだろう。下手なホラー作品を完全に凌駕している。

評価 ★★★★