海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ねじの回転」ヘンリー・ジェイムズ

1898年発表作で英国正調幽霊綺譚の古典とされている。
舞台は、ロンドンから離れた片田舎にある古い屋敷ブライ邸。両親を亡くした幼い兄妹の新しい家庭教師として、語り手の女が赴任する。依頼者は二人の子の伯父だったが、不可解にも甥マイルズと姪フローラとの直接的な関わりを嫌厭していた。子どもらは至って聞き分けが良く、以前から居る家政婦との仲も何ら問題が無い。次第に女教師は二人を溺愛するようになる。そんな或る日、見知らぬ男がマイルズの姿を遠くから窺っているのを発見して戦慄する。さらに湖畔へと散歩に出掛けた別の日、今度はフローラをじっと見詰める若い女に出くわす。この二人はブライ邸の者に声をかける訳でもなく、ただ子どもらを凝視するのみだった。奇妙にもマイルズとフローラは、敢えて気付かぬ振りをし、女教師の狼狽ぶりを楽しんでいる様子だった。家政婦によれば、身体の特徴は同邸の召使いの男と、前任の家庭教師の女と一致したが、その二人は既に死んでいると言う。疑心暗鬼に襲われた女教師は、子どもらを死人から守ろうとするが、恐怖の体験はなおも続き、悲劇的な終幕へと一気に傾れ込んでいく。

何でも誉めるスティーヴン・キングが「この百年間の傑作」と絶賛し、翻訳本の帯でも「物語の本当の恐ろしさを、今初めて知ることになる」などと煽っており、未読の読者には期待に胸弾む作品だろう。
あくまでも個人的な読後感だが、これらは全て裏切られた。ストーリーは分かりやすく、微塵も怖くない。難解とされる原文は格調高い代物なのかもしれないが、それが翻訳文を通して伝わることはない。神経症と思しき女が幻想の世界へと墜ちていく過程を綴った陰鬱な独白が延々と続き、物語を単純に捉えれば、語り手である女の狂気が生みだした妄想だと結論付けることができる。本作は、心理的恐怖心を覚える小説として評価が高いらしいが、どちらかといえば「奇妙な味」に近いテイストだ。結末も唐突で不自然。これも〝味わい〟如何だが、旨くない。
概して先駆的作品は過大評価されがちで、作家や批評家らは崇め奉りたがるが、現代の読み手に通じるか否かは問題とはされない。もし、過去百年間に発表された怪奇幻想を主題とする名立たる小説の中で、本作をベストとするのであれば、恐怖小説は19世紀まで遡る雰囲気重視のスタイルを継承すれば事足り、旧態依然の怪談には何も付け足す必要が無いことになる。だが、キングを代表格とするモダンホラーの旗手は、実作では真逆の道を歩んでいるのである。

以上はあくまでも私見であり、読み手の「解釈」により本作の印象は一変する。私は現代のカテゴリになぞらえれば一種の「サイコ物」として読んだが、シンプルに受け止めるならば異界の存在への畏怖/邪悪さに迫った幽霊譚、或いはより深く掘り下げるならば人間の恐怖心そのものを書き起こした心理小説、など多面的な読み方が可能だろう。作者は情況を曖昧に書き記しているが故に、様々な読解へと繋がるのである。いかにも英国的な渋い色調のゴシックホラーが好みなら、最適な作品には違いない。ただ、私にとっては「面白くない」のひと言で片付くのではあるが。また、先に紹介したスーザン・ヒル「黒衣の女」は、本作の主題を熟成し、モダンにアレンジした優れた作品であることも分かった。

評価 ★★

ねじの回転 -心霊小説傑作選- (創元推理文庫)

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