海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「天国の囚人」ジェイムズ・リー・バーク

アクの強いバークの作品は、はっきりと好き嫌いが分かれるだろう。「文学畑出身者が書いたミステリ」そのもので、時に物語の展開を妨げるほど、自然描写や郷愁にまつわるエピソードが挿入されていく。そもそも文体が異質で、過度に情感を滲ませ、客観的/簡潔なハードボイルドのスタイルとは程遠い。要はテンポが悪いのだが、俺の世界が解らなければ読まなくてもいい、というバークの姿勢は、或る意味潔いともいえる。翻訳は途絶えているが、本国では今も変わらずシリーズは続いており、独自のポジションを確立しているようだ。
プロット自体は複雑な謎解きはなく、ルイジアナ南部のバイユー地帯で、しがない貸し船屋を営む元警官デイヴ・ロビショーの不器用な生き方を主軸に描く。猪突猛進型なために自らトラブルを引き寄せ、そこから物語が動くという屈折した構成なため、「主人公」主体で引っ張る連作といっていい。マット・スカダーやC・W・シュグルー顔負けのアル中ぶりや、衝動的な暴力志向は、通常であれば本筋と直接関係の無い枝葉となるところだが、メインプロットよりも力を入れて印象深いシーンに仕上げているところがバーク流といえる。
本作は1988年発表の第二作で、ロビショーは自らの無鉄砲な行動によって案の定災厄を招き寄せてしまう。麻薬の絡む不法入国を発端に裏組織への接触を図るロビショー。無謀なアウトサイダーとしての行動は、当然のこと身内に犠牲者を出し、身勝手ともいうべき私闘へと変わっていく。
擬似的な家族の在りようなど新しい試みも取り入れているのだが、濃密な文章とマイペースな主人公を受け入れられるかどうかで、評価は違ってくるだろう。

評価 ★★

 

天国の囚人 (角川文庫)

天国の囚人 (角川文庫)

 

 

「361」ドナルド・E・ウェストレイク

ウェストレイクはデビュー後、立て続けにドライなクライムノベルを書き、ハメットの衣鉢を継ぐ新鋭として期待されていた。本作は1962年発表の三作目で、やさぐれた若者の復讐劇を荒削りながらもシャープな文体で描く。構成は破綻すれすれで、主人公の情動は不安定なため、目的さえ見失った刹那的な殺し合いが終盤まで続く。ウェストレイクが本作で何を描こうとしていたのか読み取ることは難しいが、それまでとは違う退廃的なクライムノベルの可能性を模索していたのかもしれない。だが、本作はあまりにも無骨で、前2作と比べて洗練されているとは言い難い。

評価 ★★

 

361 (ハヤカワ・ミステリ文庫 24-3)

361 (ハヤカワ・ミステリ文庫 24-3)

 

 

「罪の段階」リチャード・ノース・パタースン

リーガルサスペンスの傑作として名高い1992年発表作。しばらく本業の弁護士に専念していたパタースンは長期休暇を取り一気呵成に書き上げたという。主人公は処女作「ラスコの死角」と同じクリス・パジェットだが、心機一転の本作で再び起用した訳とは、十数年の歳月を経て様々な経験を積んだ自分自身を、本作でも同じように歳を取ったパジェットに投影しようとしたのかもしれない。

本作は、ホテルの密室で発生した殺人事件が、レイプに対する正当防衛か、もしくは加害者の女性によって仕組まれたものかを裁くもので、法廷で畳み掛ける終盤は別として、中途までは証拠と証人探し、強姦を巡る実証性をじっくりと描いているため、ややテンポに欠ける。「…死角」ではパジェットの一人称語りだったが、本作では三人称に変えて多面的に状況を物語るため、両作品の持つ雰囲気は随分異なる。デビュー当時はロス・マクドナルドを継承する作家とも評されていたが、作品自体は社会派であっても、ハードボイルドのテイストは薄かった。本作では、ラスコ事件に関わるエピソードも多く、主要な登場人物も引き継いでいるのだが、ジェンダーや家庭崩壊などアメリカ社会が抱える闇を照射する批判性はより強まっており、「…死角」とは別物といっていい。

親と子の絆が重要な核となり、法廷闘争を展開。殺人者として裁かれるのは、パジェットの愛する息子の母親であり、物語は弁護士自身の私的な闘いとしても描いていく。だが、嘘と虚栄にまみれた偽装を剝がし明らかとなる事実は、守るべき対象を歪め、パジェット自身を残酷な結末へと導くものだった。
敢えて強姦という重いテーマを選び、闘わずに泣き寝入りする女性が多いという現状を踏まえたパタースンの強いメッセージが込められている。

評価 ★★★

 

罪の段階〈上〉 (新潮文庫)

罪の段階〈上〉 (新潮文庫)

 

 

罪の段階〈下〉 (新潮文庫)

罪の段階〈下〉 (新潮文庫)

 

 

「裏切りのネットワーク」ショーン・フラナリー

1983年発表、スパイスリラーの秀作。核兵器「誕生」以後の世界で暗躍する国際組織「ネットワーク」の謀略を扱っているのだが、その歪んだ動機が独自性に富みユニークだ。仮に人類が絶滅を迎えようとした時、資本主義社会で最も「損害」を被る集団とは何か。脆弱ながらも保たれているパワーバランスが崩れることを恐れ、人間のいない社会を忌み嫌う存在とは何か。それは、不安定な世界情勢のもとでこそ独占的収奪を果たすことのできる肥大化した多国籍企業に他ならない。

時に紛争を煽り勢力図を書き替えつつ、土地売買や軍事システム開発などにより膨大な利益を得て更に資本を蓄える企業。対立する国家が共倒れとならないように、両陣営に潜入したスパイが互いの政府の動向/情報を共有した上で、均衡を維持するための対策を講じ、攻撃を加える。要はカネを生み出す対象が消滅することは避けるが、「生殺し」の状態のままで生命維持装置を起動し続けることを優先するのである。「ネットワーク」とは、その独善的企業の一機関であり、擬装した「平和」のもとで膨脹する集合体の地下組織を差す。

本作は、世界中の諜報機関内に潜り込んだ「ネットワーク」工作員を炙り出し、その狙いを突き止めようとするCIA局員の動きをメインに描いていくのだが、愛憎と裏切りを巧みに盛り込み、展開もスピード感に溢れている。読みどころは、「ネットワーク」の正体を徐々に解き明かしていく謎解きの面白さだろう。

評価 ★★★☆

 

裏切りのネットワーク (ハヤカワ文庫 NV (382))

裏切りのネットワーク (ハヤカワ文庫 NV (382))

 

 

「コールド・ファイア」ディーン・R・クーンツ

クーンツは自覚的に娯楽小説を書く。指南書「ベストセラーの書き方」で述べた創作術を自ら忠実に実践し、読者がエンターテインメントに求める要素を過不足無く盛り込む。構成や人物設定などはSF/ホラーの王道を行くもので安定感はあるのだが、クーンツ熟練の技で捻りを加えてはいるものの、「遊び」や「深み」といった点では物足りなさを感じることもある。

本作のメインプロットは、超人的な予知能力を身に付けた孤独な主人公が、「神の啓示」によって世界中の「選ばれし人々」を救っていくというもので、地方新聞の女性記者との恋愛模様も含め、いかにも大衆受けしそうなアメリカン・ヒーローの物語という印象。中盤の山場となる飛行機事故での脱出劇も極めて映画的である。

終盤までは「超能力」を何故身に付けたのか、という男のルーツを探っていくのだが、宇宙船や宇宙人といった〝ホラ話〟の挿入によって破綻すれすれとなり、読み進めることが苦痛となる。種明かしで何とか持ち直してはいるものの、クーンツの世界を堪能するには、ある程度の「純朴」さが必要であると感じた。

評価 ★★★

 

コールド・ファイア〈上〉 (文春文庫)

コールド・ファイア〈上〉 (文春文庫)

 

 

 

コールド・ファイア〈下〉 (文春文庫)

コールド・ファイア〈下〉 (文春文庫)