海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

極私的傑作(★5以上)

「その女アレックス」ピエール・ルメートル

暗黒小説の真髄を見せ付ける大傑作。席巻する北欧ミステリは確かに優秀な作品は多いのだが、フランス・ノワールの伝統を継ぎつつ極めて現代的なアプローチを試みた本作を前にしては翳んでしまう。骨格は極限的な状況におかれた一人の女の謎を解き明かす警察…

「シンプル・プラン」スコット・スミス

スティーヴン・キングが絶賛したこともあり、発表当時はかなり話題となった。ミステリ界の大物らが推薦するものは大抵が眉唾物なのだが、本作については妥当といえる。筋立てはいたってシンプルだが、強欲に溺るままに狂気の淵まで墜ちていく人間のあり様を…

「理由」ジョン・カッツェンバック

冒頭で引用されたアフォリズムが、本作の全てを表している。 「怪物と闘おうとするものは、自身が怪物にならないように用心すべきである。奈落の底を覗くものは、奈落の底から覗かれるのである」フリードリヒ・ニーチェ 「地獄の道に敷きつめられているのは…

「極夜〈カーモス〉」ジェイムズ・トンプソン

49歳の若さで急逝したジェイムズ・トンプソンのカリ・ヴァーラ警部シリーズ第1作。時にオーロラが出現するフィンランド最北部の田舎町を舞台に、ヴァーラの近親者らをも巻き込んだ陰惨な連続殺人事件の顛末を描く。 タイトルにもなっている極夜〈カーモス〉…

「悪どいやつら」アンソニー・ブルーノ

FBIの〝はみだし捜査官〟マイク・トッツイとバート・ギボンズの活躍をハードボイルド・タッチで描いた傑作。 マフィア組織に潜入した囮捜査官3人の正体が、内通者によって暴かれ惨殺される。悪玉なら殺しも厭わない猪突猛進型のトッツイは、FBI内に潜む裏切…

「火刑法廷」ジョン・ディクスン・カー

ミステリ史上に残る傑作。 この作品最大の魅力は、人間消失などの複雑怪奇な謎の論理的解決と同時に、相反する非論理的なオカルティズムを融合させ、見事に成立させてしまったところにある。 エピローグを読み終え、ゾッとする悪寒を覚える読者を想像してほ…

「闇よ、我が手を取りたまえ」デニス・レヘイン

探偵パトリック&アンジーシリーズ第2作。 解説ではチャンドラーを継ぐハードボイルドの新鋭として捉えらていたらしいが、本作を読む限り作者にその意図は無いようだ。より現代的なスタイル、熱い語り口、事件を通して微妙な恋愛感情に揺れ動く二人。 主人公…

「犬の力」ドン・ウィンズロウ

ドン・ウィンズロウ渾身の大作。 麻薬戦争と名付けられた余りにも愚かで残虐な血の抗争の記録。過去を語りながらも、常に現在進行形の文体で進み、否が応でも鋭い緊張感を読者に強いる。マフィアの復讐劇、大国と弱小国家の茶番的謀略、虐げられる民衆の悲劇…

「はいつくばって慈悲を乞え」ロジャー・スミス

最近の翻訳ものとしてはタイトルと装丁が秀逸。 内容はもっと凄い。出だしからノワールの雰囲気全開で、南アフリカのケープタウンという馴染みのない街を舞台に、屈指した犯罪者たちの狂宴が繰り広げられる。 無慈悲な暴力の描写は執拗でサディスティック。…

「殺しあい」ドナルド・E・ウェストレイク

殺しあいが展開されるのは終盤の僅か二章のみ。しかし、これが凄まじい。凡庸なミステリーが一気にハードな活劇へと昇華する。ラスト三行の余韻も素晴らしい。 埋もれたままにしておくには勿体無いウエストレイクの傑作ノワール。 評価 ★★★★★ 殺しあい (1977…

「男の首 黄色い犬」ジョルジュ・シムノン

シムノンの真の魅力を識るには、読者自身が成熟した大人であることが必須なのであろう。 男の首に登場し、深い余韻を残す犯罪者の見事な心理描写は、現代のミステリー作家が束になっても敵わないに違いない。 不公平な貧困とブルジョワへの憤怒、余命僅かな…

「チャイルド44 」トム・ロブ・スミス

序盤から終盤まで、凄まじい緊張と焦燥を読者に強いる。スターリンの恐怖政治の実像を、本書のみに頼るのは危険だが、恐るべき筆力で疾走するストーリー展開は、娯楽小説としての真髄を見せ付けてくれる。とはいえ、描かれているのは、この世の地獄巡りだが……

「グラーグ57」トム・ロブ・スミス

前作の興奮冷めやまぬまま、続編を読了。エネルギーに満ち溢れた著者の才気を存分に感じる力作だ。この作品でも、主人公レオをはじめ登場人物全てが極限的状況下で生死を彷徨う。大半は悲惨な死を遂げることになるが、お涙頂戴的な甘さを一切排しており、彼…

「血のケープタウン」ロジャー・スミス

1日で読了。それほどにスピード感があり、先の読めない展開はスリルに満ちている。文体も簡潔で無駄がない。南アフリカという独自の舞台が、噴出する暴力のリアリティを支えている。 第三作の翻訳はまだか? 評価 ★★★★★ 血のケープタウン(ハヤカワ・ミステリ…

「運命」ロス・マクドナルド

リュウ・アーチャーシリーズ長編第7作。チャンドラーに倣った模索期を経て、独自のスタイルを本作の完成と共に築き上げたといっていい。円熟期に繫がる傑作ギャルトン事件は、すぐ後だ。フロイトの影響下で、悲劇的な人間の業の末路を、暗喩を多用した見事な…

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン

小説を読んで涙したのはいつぶりだろう。この重苦しく、やるせなき悲劇に満ちた傑作は、ミステリという範疇を超えて、いつまでも深く心に残る濃密な物語として読み継がれていくだろう。冒頭から降り続いた暗鬱な雨は、美しくも哀しいラストシーンの直前にや…

「緑衣の女」アーナルデュル・インドリダソン

シリーズ第三作の湿地があまりにも感動的な内容だったため、否が応でも期待が高まる。本作も上質のミステリをじっくりと堪能できる秀作だった。 発見された白骨体。いつ、だれが、だれに、どんな方法で、何のために。終盤近くまで解明されない謎の呈示と、同…

「ナイトワールド」F・ポール・ウィルスン

圧倒的なカタルシスが味わえるクライマックスまで一気読みの娯楽小説の大傑作。 設定はSFホラーだが、光と闇、善と悪の闘いをハルマゲドンという大風呂敷を拡げつつも、見事に読ませ、泣かせ、感動させるウィルスンの筆力は凄いの一言だ。老いたるグレーケン…

「大聖堂」ケン・フォレット

ようやく最終章に辿り着き、ある種の幸福感の中で読み終える。読者は、長い長い道程を登場人物と共に歩き、年齢を重ね、喜び、哀しみ、怒り、人間としてのあらゆる感情の発露と類稀なる経験を通して、成長し老いていく。この長大な物語を著わしたケン・フォ…

「わが心臓の痛み」マイクル・コナリー

テイストはハードボイルドだが、練り込まれたプロットと真相が明らかになるにつれ追い詰められていく主人公の焦燥感が濃密なサスペンスを生み出している。 本作の最も優れた点は、殺人者の歪みに歪んだ動機にある。臓器移植の問題点を上質のミステリの中に盛…

「オータム・タイガー」ボブ・ラングレー

これぞ、まさしく正統派冒険小説。 静かに始まるプロローグ。間もなく引退する冴えない情報部員に突然接触してきた東独情報部の大物。何故、平凡な日常を送ってきたはずのオレが選ばれたのか…。たったひとつのライターが、彼を80年代のアメリカから一気に第…

「キリング・フロアー」リー・チャイルド

デビュー作にして、傑作。まるでウェストレイク初期のハードな犯罪小説「殺し合い」を想起させる。目的の為には殺しも厭わない元軍人の主人公。タフで非情でありながらも、複雑な謎を解く明晰さを併せ持つ骨太の男。閉ざされた田舎町で起こる巻き込まれ型の…

「ファーガスン事件」ロス・マクドナルド

弁護士ビル・ガナースンを主人公とする唯一の作品。傑作ギャルトン事件を経て、リュー・アーチャーが透明な存在へと変わりゆく直前に、ロス・マクドナルドが躍動する生命感に溢れた本作を著したことは興味深い。過去にとらわれた家族の悲劇を主題としながら…

「真夏の処刑人」ジョン・カッツェンバック

実力派カッツェンバックの処女作にして傑作。 主人公アンダースンは、スクープに飢えるマイアミ・ジャーナルの社会部記者。ひと夏の悪夢の如き連続殺人事件の顛末を緊迫感溢れるドキュメントタッチで描く。 第一の被害者となる少女惨殺事件の記事をアンダー…

「風の影」カルロス・ルイス・サフォン

読了後、しばらく心地良い余韻に浸る。 哀しくも優しい、残酷でありながも幸福感に満ちた極上の物語。国境を越えて世界中で読み継がれていることも納得だ。一冊の本との出会いを大切に思う人々が、主人公である少年の思いに深く共鳴しつつその成長を見守り、…

「燃える警官」ウィリアム・J・コーニッツ

執筆時に自らもニューヨーク市警の現職警部補であった著者による圧巻の警察小説。 右翼の大物実業家に取り込まれ狂った警察官の集団に立ち向かう市警警部補らの闘いを臨場感豊かに描く。捜査過程での群像劇は生彩に満ち、クライマックスとなる壮絶な市街戦ま…

「掠奪の群れ」ジェイムズ・カルロス・ブレイク

大傑作にしてノワール史上に燦然と輝く名作「無頼の掟」「荒ぶる血」に続くジェイムズ・カルロス・ブレイクの翻訳3作目。 実在したギャングらの大胆不敵な活劇を、もはやブレイク節とも言うべき、クール且つ情熱的な筆致で描き出す。登場する男たちは全て、…

「LAコンフィデンシャル」ジェイムズ・エルロイ

圧倒された。 世にジェイムズ・エルロイのエピゴーネン数多けれど、この凄まじい情念の噴出を真似る事など不可能だろう。登場する人物殆どがまともではない。主人公は、考え方も生き方も違う三人の警官。憎しみ合いながらも、根源的なところで繋がり、最後に…

「ファイアスターター」スティーヴン・キング

モダンホラーの帝王、スティーヴン・キング渾身の傑作。 米国政府秘密機関によって超常能力開発のための実験台とされた若者たち。殆どが適応出来ずに廃人となり、狂い死ぬ。だが、或る男と女は微力ながらも力を供え、二人は結婚し、やがて娘を授かる。類稀な…

「暗闇の道」ジョセフ・ヘイズ

たった一冊、本作のみしか翻訳出版されていないのが信じられい位の傑作である。 物語は実にシンプルながらも、登場人物の造型は見事で無駄がない。事件発端からアクション映画の様なクライマックスまで、実質二日間の出来事を緊張感が途切れる事無く、一気に…