アイリッシュ1941年の作品。極めてモダンなスリラーであり、濃密なサスペンスを堪能できる。
会社帰りに崩れ落ちてきた瓦礫を身体に受け、意識不明の状態から回復した男。名は、フランク・タウンゼント。ようやく家へと帰り着くが、今朝、男を見送ったはずの妻の姿は無く、管理人に尋ねると随分前に引っ越したという。男は住所を聞き、妻に会いに行く。出迎えた女は朝の様子とはすっかり変わり、老けていた。そして、脅えた妻から「あなたは3年前に失踪した」と、告げられる。
この謎に満ちた導入部から物語は一気に加速し、不可解な状況は更に深まっていく。
会社に復帰したタウンゼントは、街角で拳銃を持った鋭い目付きの男にいきなり追いかけられ、命からがら逃げだす。失われた3年の記憶。一切は黒いカーテンに遮られているかのようだった。タウンゼントは、自分が何者であったのかを探るために、意識不明となった現場へと向かう。失くした記憶を知る謎の女との出会い。さらに明らかとなったのは、自分は殺人者として警察に追われる身であるという悪夢のような事実だった。重苦しい不安と焦燥感を抱えたまま、タウンゼントは己自身が「加害者」となる殺人事件を追い始める……。
短い小説だが、それだけに無駄なく引き締まっている。アイリッシュならではの男女のロマンスも絡めつつ、絶望的な状況下でさえ希望を捨てない孤独な男の生き方を乾いた筆致で描き切る秀作だ。幕切れも哀感に満ちている。
評価 ★★★★