海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ピルグリム」テリー・ヘイズ

近年のスパイ/冒険小説の衰退に憤りを感じていたファンの渇きを一気に癒やす紛れも無き傑作。三分冊の大長編にも関わらず、中弛みや無駄なエピソードの類は一切無く、凄まじいテンションを保ったまま終盤まで疾走する。散りばめられた枝葉が最終的には全てが関連付けられて永い年輪を重ねた巨木へと収束し、その緻密で鮮やかな構成美が読み手を魅了する。巻を措く能わず、最終ページに辿り着いてしまうことが惜しいと思うほどの幸福な読書体験は本当に久しぶりだ。

褒め上げれば切りがないのだが、本作が最も優れている点とは、世界を震撼させるテロの恐怖を主題にしながらも、天才的頭脳を持ったスペシャリストによる1対1の闘いに焦点を絞っていることにある。共に「放浪者」を意味する仮の名を持つ二人。アメリカ合衆国の傀儡である王族支配のサウジアラビア父親公開処刑され、覇権国家壊滅を単独で目論むテロリスト〈サラセン〉。一方は、過去にアメリカ諜報機関を監視する極秘組織に所属、先鋭的な分析/調査能力で追跡/捜査のエキスパートとなった伝説の男。あとに暗号名〈ピルグリム〉を名乗り、潜伏した〈サラセン〉を炙り出していくことになるのだが、マンハッタンの陰惨な殺人事件から幕を開ける物語は、失われた過去を紐解きつつ、過酷な運命に翻弄されながらも、強固な信念のもとにターゲットに向かって前進する二人の道程を辿っていく。

対局にありながらも実は似通った点の多い〈サラセン〉と〈ピルグリム〉の“喪失と再生”が極めて劇的に描かれており、奥の深い謎解きと至極のサスペンスを盛り込んだ秀逸なエンターテイメントであるばかりでなく、人生の機微さえも感じさせてくれる陰影に富んだ作品となっている。しかも、端役ひとりひとりの造形も見事で、二人に関わる個性豊かな人物らとの挿話が、しっかりと結末へと繋がり、感動を高めていることにも瞠目する。

時に悲哀に満ちたヒューマニズムが非情なテロリズムに怯える世界に希望の火を灯し、数多の試練に立ち向かう〈ピルグリム〉の眼前を照らす。

長い旅路の果て、〈サラセン〉と〈ピルグリム〉が対峙する怒濤のクライマックス。大海原の船上で、全てを終えた〈ピルグリム〉の万感胸に迫るモノローグ。なんて熱いエピローグだろうか。

「ピルグリム」は三部作となる構想が既に発表されている。第一部となる本作があまりにも完璧な仕上がりで否が応でも次作への期待が高まる。テリー・ヘイズは、現代最高のスパイ/冒険小説の書き手であると断言する。

評価 ★★★★★☆☆

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち (ハヤカワ文庫 NV ヘ)

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ピルグリム〔2〕ダーク・ウィンター (ハヤカワ文庫NV)

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