海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2015-01-01から1年間の記事一覧

「法律事務所」ジョン・グリシャム

グリシャム、デビュー2作目にしての大ベストセラー。リーガル・サスペンスの代表作のひとつに挙げられているが、本作に裁判の場面は一切登場せず、所謂「法廷もの」ではない。物語の序盤は、大学を卒業したての青年弁護士が高額の給与につられて税務専門の法…

「警察署長」スチュアート・ウッズ

優れた評論家であった瀬戸川猛資絶賛の書。アメリカ南部・架空の町デラノを舞台に、長きにわたり未解決となる連続殺人と、根深い人種差別に翻弄されつつ事件に挑んでいく警察署長三代を描いた大河小説。謎解きはあくまでも添え物で、作者の主眼は20代以降の…

「エージェント6」トム・ロブ・スミス

壮大なる実験でもあった理想国家ソ連の闇を照射する傑作シリーズ完結編。三部作其々が喪失と再生を主題にしているが、本作では遂に主人公レオが最愛の人まで失う。絶望と退廃の中で行き場なき怒りが暗流を漂い、復讐と呼ぶにはあまりにもやるせない本懐を遂…

「吸血鬼ドラキュラ」ブラム・ストーカー

誰もが知る吸血鬼小説の古典だが、今読んでも充分面白いエンターテイメントに仕上がっている。 人里離れ闇深く閉ざされたトランシルバニアの古城で人の生き血を吸い、生きる屍として永遠に呪われ続けるドラキュラ伯爵。この作品以前にも伝説を題材にした吸血…

「拳銃を持つヴィーナス」ギャビン・ライアル

不朽の名作「深夜プラス1」によって冒険小説ファンに愛され続けるギャビン・ライアル。だが、寡作でありながらも作品の出来不出来が激しく、本作は残念ながら凡作の方に入る。 拳銃の骨董商を営む主人公がニカラグアの富豪の依頼を受け、著名な芸術家の手に…

「キラー・エリート」ロバート・ロスタンド

軽快な活劇で読ませるアクション小説。作者が意図したかどうかは定かではないが、設定にギャビン・ライアル「深夜プラス1」との共通点が多々見られる。即ち、訳ありの要人を護衛しつつ期限内に目的地まで運ぶチームと、その阻止を謀るプロの殺し屋集団との…

「リボーン」F・ポール・ウィルスン

「ナイトワールド・サイクル」6部作の第4部。最終作「ナイトワールド」の壮絶なるクライマックスへ向けて、再び善と悪との闘いの火蓋が切られる。稀代のストーリーテラー、ウィルスンの筆致は益々冴えわたり、後半の序章に過ぎない本作も一気に読ませる。非…

「恐怖の限界」ウィリアム・P・マッギヴァーン

名作「明日に賭ける」や一連の悪徳警官もので知られるマッギヴァーン1953年発表のスリラー。イタリア・ローマを舞台に、冷戦下で展開する謀略の渦中へと自ら身を投じていくアメリカ人マーク・レイバーンの闘いを活写する。イタリアでの仕事を終えた建築技師…

「まるで天使のような」マーガレット・ミラー

ミラー1962年発表作。 辺境で自給自足の生活を送り、俗世間との接触を閉ざした新興宗教団体「天国の塔」。私立探偵クインは尼僧の一人から依頼を受け、オゴーマンという名の男の行方を調べるが、5年前の嵐の夜、川に転落したオゴーマンの車が発見され、たま…

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」スティーグ・ラーソン

北欧ミステリ全盛の礎を築いた大ベストセラー。作者が出版前に急死するという悲劇的な要素も作品評価へのプラス材料となったのだろう。本書は3部作として世に出た内の1作目だが、私は世評ほどの面白さを感じなかった。 最大の難点は、冗長過ぎるということ…

「その女アレックス」ピエール・ルメートル

暗黒小説の真髄を見せ付ける大傑作。席巻する北欧ミステリは確かに優秀な作品は多いのだが、フランス・ノワールの伝統を継ぎつつ極めて現代的なアプローチを試みた本作を前にしては翳んでしまう。骨格は極限的な状況におかれた一人の女の謎を解き明かす警察…

「灰色の栄光」ジョン・エヴァンス

ストレートなハードボイルドが楽しめる佳作。発表は1957年。ハメットやチャンドラーの影響が色濃く残っていた時代で、ストイックでタフな男が卑しい街で謎に満ちた犯罪を暴いていく。主人公はシカゴの私立探偵ポール・パインで、所謂「栄光シリーズ」4部作の…

「シンプル・プラン」スコット・スミス

スティーヴン・キングが絶賛したこともあり、発表当時はかなり話題となった。ミステリ界の大物らが推薦するものは大抵が眉唾物なのだが、本作については妥当といえる。筋立てはいたってシンプルだが、強欲に溺るままに狂気の淵まで墜ちていく人間のあり様を…

「チャーリー・ヘラーの復讐」ロバート・リテル

スパイ小説「ルウィンターの亡命」で知られるリテルの秀作スリラー。 CIAで暗号解読を専門にするヘラーの婚約者がミュンヘンのアメリカ総領事館を襲ったテロリスト3人によって殺される。ヘラーは上層部に報復を直訴するが不可解にも却下されてしまう。諦め切…

「理由」ジョン・カッツェンバック

冒頭で引用されたアフォリズムが、本作の全てを表している。 「怪物と闘おうとするものは、自身が怪物にならないように用心すべきである。奈落の底を覗くものは、奈落の底から覗かれるのである」フリードリヒ・ニーチェ 「地獄の道に敷きつめられているのは…

「極夜〈カーモス〉」ジェイムズ・トンプソン

49歳の若さで急逝したジェイムズ・トンプソンのカリ・ヴァーラ警部シリーズ第1作。時にオーロラが出現するフィンランド最北部の田舎町を舞台に、ヴァーラの近親者らをも巻き込んだ陰惨な連続殺人事件の顛末を描く。 タイトルにもなっている極夜〈カーモス〉…

「聞いてないとは言わせない」ジェイムズ・リーズナー

世評は高いようだが、どこといって魅力を感じなかった犯罪小説。とはいえ、テンポ良く最後まで一気に読ませてしまうのだから、筆力は確かにあるのだろう。 謎に満ちた若い男が、人里を離れて身を隠すように農業を営む40代の女を訪ねる。数週間、仕事を手伝う…

「野獣の街」エルモア・レナード

レナード1980発表の作品。デトロイト警察の警部補レイモンド・クルースを主人公に、法の穴をかいくぐり殺人を重ねる悪党クレメント・マンセルとの対決を描く。クルースをはじめ、活きのいい刑事群像が本書の最大の魅力で、数か月にわたり同警察を取材したと…

「黒いカーテン」ウィリアム・アイリッシュ

アイリッシュ1941年の作品。極めてモダンなスリラーであり、濃密なサスペンスを堪能できる。 会社帰りに崩れ落ちてきた瓦礫を身体に受け、意識不明の状態から回復した男。名は、フランク・タウンゼント。ようやく家へと帰り着くが、今朝、男を見送ったはずの…

「ミス・クォンの蓮華」ジェイムズ・ハドリー・チェイス

クライムノベルの雄、ハドリー・チェイス 1960年発表の作品。 舞台は、ゴ・ジン・ジェム政権下のベトナム・サイゴン。所謂「ベトコン」が本格的なゲリラ活動を始めた時期で、当時の不安定な状況が物語に巧く活かされている。 本筋は、或る将軍が隠し持ってい…

「悪どいやつら」アンソニー・ブルーノ

FBIの〝はみだし捜査官〟マイク・トッツイとバート・ギボンズの活躍をハードボイルド・タッチで描いた傑作。 マフィア組織に潜入した囮捜査官3人の正体が、内通者によって暴かれ惨殺される。悪玉なら殺しも厭わない猪突猛進型のトッツイは、FBI内に潜む裏切…

「スパイになりたかったスパイ」ジョージ・ミケシュ

ミケシュは、英国に帰化したハンガリー生まれの社会批評家で、日本に関する著作もある。本書は唯一のフィクションらしく、スパイの世界を茶化したファースとなっている。 ソ連の人々の飢餓を救う「夢の食品」の製造法を入手すべく英国へ送り込まれた主人公。…

「火刑法廷」ジョン・ディクスン・カー

ミステリ史上に残る傑作。 この作品最大の魅力は、人間消失などの複雑怪奇な謎の論理的解決と同時に、相反する非論理的なオカルティズムを融合させ、見事に成立させてしまったところにある。 エピローグを読み終え、ゾッとする悪寒を覚える読者を想像してほ…

「墓場への切符」ローレンス・ブロック

「人生を考える者には喜劇であり、感じる者には悲劇である、と誰かが言うのを聞いたことがある。私には人生は喜劇であると同時に悲劇であるように思われた。考えることも中途半端な者にとっては」現代ニューヨークを舞台に無免許探偵マット・スカダーが奔走…

「きず」アンドニス・サマラキス

ある街のカフェで酒を飲んでいた1人の男が、特高警察に逮捕される。反政府運動組織の人間が、そこで接触するとの密告があったからだ。怪しいやり取りで密会を果たした様子の2人。1人は逃亡中に死亡。あとの1人「〈カフェ・スポーツ〉の男」を捕らえるが…

「熱い街で死んだ少女」トマス・H・クック

舞台は、1963年の米国アラバマ州バーミングハム。マーティン・ルーサー・キングが指導する公民権運動が勢いを増す中、ある黒人少女が殺された事件を市警本部のベン・ウェルマン部長刑事が捜査する。ミステリとしての謎解きはあくまでも添え物で、本作の主題…

前口上

ミステリを愛読して二十数年経つ。本ブログには、2014年8月頃から新旧問わず読み続けた海外ミステリのレビューを掲載している。いわゆる古典的な推理小説や、メジャーな作品が少ないのはそのためで、それ以前に読んだ本については、再読などしながら改めて…

「真冬に来たスパイ」マイケル・バー=ゾウハー

傑作「エニグマ奇襲指令」「パンドラ抹殺文書」によって、スパイ/スリラー小説の第一人者となったマイケル・バー=ゾウハー円熟期の秀作。プロットの骨子となるのは、ずばり「キム・フィルビー事件」で、この散々使い古されたともいうべき題材をバー=ゾウハ…

「暗殺者グレイマン」マーク・グリーニー

非情に徹し切れない暗殺者に、ヒーローとしてのぎりぎりの資格を与えている。 人を殺すことに正義という大義を加えることは、逆にあやふやなもどかしさも覚えるのだが。それにしても、久々のアクション小説として堪能した。多国籍企業のもとに金のためだけに…

「闇よ、我が手を取りたまえ」デニス・レヘイン

探偵パトリック&アンジーシリーズ第2作。 解説ではチャンドラーを継ぐハードボイルドの新鋭として捉えらていたらしいが、本作を読む限り作者にその意図は無いようだ。より現代的なスタイル、熱い語り口、事件を通して微妙な恋愛感情に揺れ動く二人。 主人公…