海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「きず」アンドニス・サマラキス

ある街のカフェで酒を飲んでいた1人の男が、特高警察に逮捕される。反政府運動組織の人間が、そこで接触するとの密告があったからだ。怪しいやり取りで密会を果たした様子の2人。1人は逃亡中に死亡。あとの1人「〈カフェ・スポーツ〉の男」を捕らえるが、本人は関与を否定、特高も真偽の確証を得られない。特高は、男の自白を導き出そうと、ある計画を実行する。

 

主要な登場人物は、僅か4人。反政府組織の一員として疑われる「〈カフェ・スポーツ〉の男」、彼を特高警察本部へと移送する任務に就く「尋問官」と「マネージャー」、その2人の上司である「主任」。

物語は、特高警察による奇妙な計画の実行を、〈カフェ・スポーツ〉の男と「尋問官」それぞれの視点によって、効果的なカットバックを用い描写する。時間の経過と共に増していく疑念と不安、息づまるような腹の探り合いの果てには、悲劇的な結末が待ち受けている。

 

全体主義国家体制への批判も込められているが、ミステリ仕立ての緻密なプロットが印象に残る。残酷ながらも、美しいラストシーンの表現が素晴らしい。

 評価 ★★★★

 

きず (創元推理文庫)

きず (創元推理文庫)