海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ハッテラス・ブルー」デイヴィッド・ポイヤー

少年期、スティーヴンソン「宝島」の世界に魅せられたように、男にとって〝宝捜し〟は幾つになっても胸躍るテーマだ。当然、冒険小説作家にとっても一度は挑戦したい題材に違いなく、多様なアイデアを駆使した〝大人のための「宝島」〟が、今も生み出され続けている。1989年発表の本作も同様で、娯楽的要素を的確に盛り込んだ瑞々しい佳作で、読後感も爽やかだ。

舞台は、米国ノースカロライナ州のハッテラス岬。座礁が多発することで知られ、「大西洋の墓場」とも呼ばれている。或る日、サルベージ業を営むティラー・ギャラウェーのもとに、キーズと名乗る男が訪ねてくる。依頼してきた内容は、ドイツ降伏から数日後、哨戒中の米国駆逐艦によって撃沈されたUボートの探索。岬沖に沈んだ潜水艦には、どうやら大量の金塊が眠っているらしい。先日、その湾岸の砂州では、ドイツ人らしき三体の人骨が四半世紀を経て発見されていた。キーズは繋がりを否定するが、明らかに素性を隠していた。ギャラウェーはきな臭いものを感じつつも、一攫千金を狙い受託。だが、宝のありかを探るうちに、一連の過去を知る関係者が殺され、正体不明の組織が挑発してくる。

実際にスポーツダイバー/船乗りでもあるポイヤーは、その経験を作中で生かしており、サルベージや潜水のディテールはリアリティに富む。第二次大戦の秘史を主軸とするプロットは、終盤に驚天の真相を用意しているが、伏線をくどいほどに張っているので、逆に微笑ましい。敗戦を覚悟したナチス・ドイツは、戦後にゲリラ戦を展開する「人狼」、党の高官を国外に脱出させる「オデッサ」などの作戦を準備していたとされ、多くのスリラー作家が取り上げている。本作は、その第三となる作戦があったとするもので、終幕で登場する〝大物〟の創造では、ポイヤーも「してやったり」の表情だろう。

主人公のギャラウェーは、麻薬密輸に関わった罪で保護観察中の身であり、サルベージ船も借り物だった。カネに目が眩んだ犯罪では友人を巻き込んで死なせており、終始自責の念に駆られている。保護観察官としてギャラウェーの傍を離れない若い女には、手を焼きながらもどこかで惹かれている。「海の男」としては一流だが、世渡りが下手で、うまい話に目がないアウトロー。これに宝捜しを加えた設定では、ウィルバー・スミスの「虎の眼」という名作があるのだが、緻密な構成や人物造形の深さ、血湧き肉躍る興奮度の高さでいえば、「虎…」が完全なるA級なら、「ハッテラス…」はB級という評価に甘んじるだろう。けれども、物語の面白さでは決して引けを取るものではなく、ストレートな冒険行を活写する手腕は、埋没してしまっているのが惜しいほどだ。
エンターテインメント小説の極意は、まず読者を楽しませたいという作者の心意気が全ての出発点となる創作であり、自ずと作品に生命が宿り、登場人物らは生き生きと動き出していく。
少年たちが夢見た宝島。その世界観は、無骨ながらも、ポイヤーの作品にも受け継がれている。

蛇足だが、同じくスリラー作家のジョー・ポイヤーと混同しがちなのだが、全くの別人であることを明記しておきたい。

評価 ★★★★

ハッテラス・ブルー (創元ノヴェルズ)

ハッテラス・ブルー (創元ノヴェルズ)