海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「熊と踊れ」アンデシュ・ルースルンド/ ステファン・トゥンベリ

北欧ミステリ界の精鋭として脚光を浴びるルースルンドが脚本家のトゥンベリと共作したクライム・ノベル。読了後、スウェーデンで実際に起きた犯罪をもとにしており、トゥンベリが事件関係者の身内であることを知ったのだが、そこでようやく納得できた。実は、批評家らがこぞって絶賛している本作に、私はさっぱり感心しなかったのである。読んでいる最中、人物設定や展開に妙な違和感/唐突さを覚え、なぜこうなるのか、という疑問が多々あったからだ。
察するところ、「事実」に絡め取られるあまり、付加した創作部分がおざなりとなり、結果的に辻褄の合わない中途半端な作品に仕上がったのだろう。犯罪ルポなのか、フィクションなのか。その迷い/曖昧さが全編に渡り染み付き、結果的に剥がれ落ちている。穿った見方かもしれないが、本来は筆力のある作家ルースルンドが、共作者とその家族を気遣い、テーマを十分に掘り下げられなかったのではないかと感じた。

〝物語〟は、母親に対する父親の暴力が常態化した家に育った3兄弟の陰惨な日常を描く「昔」と、工務店を真面目に営む一方で犯罪者の道を歩んでいる3人の「今」、という過去と現在のパートを交互に展開する。文庫本上下巻で1000ページを超えるボリュームだが、エルロイ/ウィンズロウに倣ったと思しき文体はリズム感があり、一気に読むことはできた。だが、余分な贅肉が多く、このプロットであれば3分の1の分量で事足りるし、全体が引き締まったのではないか。特に、狂気に満ちた父親に喧嘩の極意、つまりは「熊と踊れ」的な戦法を長男が教わることが主軸の「昔」は、中弛みが激しく、敢えて分離させるほどの重みを持たない。
「今」に於いて兄弟と幼馴染みの4人は結束して銀行強盗となるのだが、犯罪に手を染める動機を一切明かしていない。俗悪な家庭環境が悪影響を及ぼした、で説明不要なのかもしれないが、少年期に無駄なページを割くよりも、何故「暴力」に魅せられ、父親の〝上〟をいく犯罪者を目指したのかを語る方が重要ではないか。

血の絆が暴力を通してしか感じとれない家族。裏切りが親と息子、兄弟同士の間で起こるが故に、関係はより縺れ、憎悪は倍加する。それらは朧気には伝わってくるものの、一人一人の造形がステレオタイプで浅い。全体的なまとまりの無さ、父子の不可解なエピソード、無能な刑事パートの無意味さなど、どれもが踏み込んだ情況を作り出せずに終わっている。事実を優先した結果、肉付けがアンバランスなのである。主題とする暴力の描き方も表面的。投げ出したかのような結末からは、主要人物の一人の生死さえ分からない。
ただ、長男が裏稼業遂行のためにあっさりと信条を捻じ曲げ、絶縁したはずの父親や幼馴染みと和解していくさまは、非常に惨めでありながら、唯一リアリティを感じた。これが事件通りなのかは知らないが、所詮はこの程度といったところか。

マイナス面ばかり強調してしまったが、本作に対する期待の反動であり、事実と虚構の上に成り立たせる小説の難しさをあらためて学んだことで良しとしたい。

評価 ★★

 

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)