海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「サマータイム・ブルース」サラ・パレツキー

スー・グラフトンのキンジー・ミルホーンシリーズとともに〝女〟私立探偵小説に一時代を築いたパレツキーのV.I.ウォーショースキーの登場は、当時かなり刺激的で話題になった。当然それまでにも女性探偵がいないわけではなかったが、真っ正面からハードボイルドを踏襲したスタイルによって、同性の読者を中心にミステリファンを開拓した意義は大きい。

本作は1982年発表の第1作で、パレツキーの意気込みが全編に溢れている。ただ、〝タフな女探偵〟の造型がやや過剰なきらいがあり、事件の関係者と渡り合うさまに不自然さを感じる。フットワークが軽く、ひたすらに猪突猛進。とにかく喋りまくり、感じたありのままに喜怒哀楽を表現する。たいした証拠も無い相手に対し、直感でいきなり犯人呼ばわりするなど、現場を混乱させることも多い。

プロットにいわゆる〝ウーマンリブ〟を絡ませるなど、ジェンダーに関わる問題意識もあるが、まだ薄い。傷ついた子どもに対して〝母性的〟に接したすぐ後に、男との逢瀬をしっかりこなす割り切り具合は、女性作家にしか描けないエピソードだ。当時の〝現代的な女〟の生き方を象徴させる理想像として、より〝ハード〟な面を強調したのだろう。贔屓の球団の試合を気にする点や、反権威的な気質は、既存の私立探偵小説に倣っており、オマージュと対抗意識が散在している。そのしたたかさをどう捉えるかで、シリーズの評価も変わるだろう。

普段、くたびれた男の私立探偵小説ばかり読んでいるせいか、その差異は一層際立つ。だが、元気過ぎる探偵の行動についていけない私には、鬱屈としていながらも情感の流れる駄目な男たちのハードボイルドが性に合っているようだ。

評価 ★★☆☆

 

 

「テロリストの荒野」ジェラルド・シーモア

シーモア1985年発表の第8作で、北アイルランドを舞台にテロリストの苦悩を描く。

一線から退いていたIRA暫定派の工作員マクナリーは、上層部の命令によりベルファストでテロを実行し、英国の判事らを殺害する。治安部隊によって間もなく逮捕されるが、まだ若くして妻子を残したままに終身刑となるのを恐れ、釈放/身の安全と引き替えにIRA幹部らの名を明かすことを決意。だが、密告者の汚名を着せられた夫を忌み嫌う妻は、マクナリーの思いを踏みにじり、子どもらを連れて離別する。英国政府は、テロ実行前後にマクナリーと懇意となったフェリス中尉を派遣し、精神的に追い詰められていくマクナリーを法廷で証言させるために鼓舞する。一方、壊滅的な打撃を被ったIRA暫定派の残党は、裏切り者を抹殺するための謀略を張り巡らす。

 日本版タイトルからはアクション主体の展開を想起させるが、「テロリストの荒野」とは己の信条を捨て去り、裏切り者として生きていかざるを得ないマクナリーの荒涼たる心情を表す。以前は敵であった政府の庇護を受けつつも、元の仲間らに生命を狙われるテロリストの男は、非常に女々しく脆いのだが、その不安定な精神状態を支えようとする英国軍人の凛々しさを対照的に配置することで、物語に厚みをもたらしている。ただ、中弛みは避けようが無く、緊張感が持続しない。

評価 ★★☆

「赤毛のストレーガ」アンドリュー・ヴァクス

アウトロー探偵〟バークシリーズ第2弾で、この後上梓した「ブルー・ベル」が日本でも大きな反響を呼んだ。幼児虐待をテーマに暗黒街の〝必殺仕事人〟らが活躍するという設定は斬新で、特に第1作「フラッド」は躍動感に溢れていた。特異な世界観で新たなヒーロー像を確立したヴァクスの登場は感動的ですらあったほどだ。だが、「…ベル」にいたると、バークの個人的な闘いに焦点が移り、社会的視野や構成力が弱まっている。元犯罪者/異端者の集まりに過ぎなかったバーク一味は、自警団としての質を帯びて自縄自縛に陥り、シリーズとしての限界も暗示していた。独自の「正義」を標榜する兆しを見せ始めているのが本作で、デビュー作にあった荒削りながらも爽快な物語性はもはや無く、無頼の徒としてのバークとその仲間の特異性のみが浮き上がっていく。依頼者となる「赤毛のストレーガ」の造形も、小児性愛者の心理面の掘り下げも浅く、混沌とした展開に終始している。さらに陰鬱なる「…ベル」の物語でヴァクスは暴走し、「フラッド」で構築した娯楽性を破壊した。第4作「ハード・キャンディ」冒頭での退廃感が全てを物語っている。
評価 ★★☆

 

赤毛のストレーガ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-2))

赤毛のストレーガ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-2))

 

 

「シカゴ・ブルース」フレドリック・ブラウン

1947年発表のフレドリック・ブラウンの処女作。主人公は、十代の若者エド・ハンターで、以降シリーズとして書き継がれた。シカゴの裏町で父親を殺されたエドが、伯父の協力を経て犯人捜しをする物語だが、プロットや謎解きに特筆すべき点はない。後にミステリとSFの大家として名を成すブラウンだが、往時の風俗を取り入れた〝大衆小説〟としての味わいはあるが、会話を主体にした淡々とした展開が地味な印象を与える。伯父との交流の中で、父親の思い出を挿入するのだが、やや単調な語り口のため、情感を感じることは少ない。
評価 ★★

 

シカゴ・ブルース (創元推理文庫 146-15)

シカゴ・ブルース (創元推理文庫 146-15)

 

 

「悪魔の収穫祭」トマス・トライオン

1973年発表のモダンホラー。タイトルにあるような〝悪魔〟が登場する超常現象を扱うのではなく、土着信仰の残る未開の村に移住した家族の恐怖体験を中心に描いていく。上下巻の長い小説だが、悪夢のような出来事が発生するのは終盤のみで、大半は独自のしきたりによって生活を送る農民らと、ニューヨークから移住してきた三人家族が交わっていく日常の様子が延々と綴られる。といっても、トライオンの筆力は相当なもので、さまざまなエピソードを積み重ねつつ、徐々に緊張感を煽っていくので飽きさせることはない。トウモロコシ栽培を生業とする部落が、古来からの祭事に則りつつ、種蒔きから収穫期を迎えるまでを、移住者である主人公の目を通して描写し、牧歌的でありながらも未知の戒律に縛られた土俗としての怖さを表現する。過去から連続して起こっている住民の不可解な死、次第に因習へと取り憑かれていく妻と娘、収穫祭へと向けて村全体に漂う不穏な動き、さらには隣人の眼球無き男の正体など、伏線を張り巡らせて、狂瀾の終幕へと進んでいく。終章は本当に恐ろしい。
評価 ★★★★

 

悪魔の収穫祭〈上〉 (角川文庫)

悪魔の収穫祭〈上〉 (角川文庫)

 

 

 

悪魔の収穫祭〈下〉 (角川文庫)

悪魔の収穫祭〈下〉 (角川文庫)