海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「顔のないポートレート」ウィリアム・ベイヤー

傑作「すげ替えられた首」以来のベイヤーファンだが、本作はいささか気合いが入り過ぎたか、逆に力が抜け過ぎたのか、出来は良くない。全体的な雰囲気はフィルム・ノワールへのオマージュといった感じだが、弛緩したプロットと類型的な人物設定により、ミステリとしての魅力に乏しい。

メッセージ性の濃いベトナム戦争での報道写真により名を馳せた主人公のカメラマンは、或る事件を機にポートレートが撮れなくなる。その後、無為な芸術作品ばかりを撮り続けていた男の前に、素性不明の若い女が現れ、情事を重ねる。女との出会いは再生への道を掴むことへと繋がるが、それは同時に怪しげな犯罪へと巻き込まれていくことを意味した。
いわゆる「悪女もの」の定型に沿いつつストーリーは展開するが、裏切った女を欲情に溺れたままに追い求める男の姿は悲哀よりも憐れさを感じさせ、結末でようやく暴力的解決による再起へと至るものの、極めて利己的で共感できるものではない。
評価 ★★