海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「諜報作戦/D13峰登頂」アンドルー・ガーヴ

サスペンスの名手として知られるガーヴ、1969年発表の本格冒険小説。翻訳文庫版で230頁ほどの短い作品だが、冒険に賭ける男のロマンをストレートに謳い上げた秀作だ。

最新鋭スパイカメラを積んだNATO軍用機が東側に寝返ったドイツ人技術者にハイジャックされた。だが、乗員の反撃を受けて略奪に失敗。ソ連は、領域内からの離脱阻止に動き、ミグ戦闘機を差し向けて撃墜した。唯一脱出した英国人パイロットは、機体がまだ山中にあることを政府当局に報告。ソ連が軍事機密を入手する前に破壊することが必須となった。墜落現場は、トルコとソ連アルメニア)の国境付近、山頂約四千メートルのD13峰。酷寒の3月、氷河に覆われた山。荒天のため、ヘリコプターは三千メートル付近までしか近づけない。ソ連は早々に登山パーティを組んで、カメラ奪取を目論むと予測。時間は限られていた。折しも、世界的に有名な登山家ウィリアム・ロイスがトルコに滞在していた。急遽、西側諸国の軍関係者らは渡りに船とばかりに協力を依頼する。
ロイスが長く迷うことはなかった。国家間の争いに助力する訳ではない。……未踏峰の征服。登攀レースでロシア人に勝つ。熟練クライマーが、この誘惑に抗えるはずがなかった。厳しい条件であればなおのこと。男は承諾した。準備を整え、ロイスのサポートとカメラを爆破する役目を担った米国陸軍のブローガン大尉と共に、D13峰を目指す。

本作は邦題に「諜報作戦」と付けているが、それに類する展開がある訳ではない。また、アウトラインから想像するような山上での戦闘シーンもない。中盤からは、敵国の登山パーティの一員であるロシア人女性とのロマンスや、イデオロギー批判なども絡めているが、副次的なものに過ぎない。
物語を貫くのは、主人公の飽くなき冒険心だ。未踏の山が眼前にあるのなら果敢に挑むまで。ただし、目的達成のためには死力を尽くすが、命を粗末にするような無謀な危険は冒さない。最終目標とするのは、あくまでも生還することだからだ。その自制的/ストイックな姿勢こそが、リアリティを生んでいる。
凍り付いた絶壁/岩肌でのクライミング。瞬時の決断、パートナーとの連携が、先の運命を変えていく。培った経験と勘、持てる技術を駆使し、ルートを探り、ひたすらに登り続ける。数多の難関、過酷な自然との闘い。束の間、狭い岩棚でとる休息の心地良さ。筆致は情感を交えず簡潔だが、そこはかとない感傷が流れ、情景を鮮やかに刻み付ける。
シャープな山岳冒険小説として、充分満足のいく仕上がりだ。

 評価 ★★★☆☆

諜報作戦/D13峰登頂 (創元推理文庫)

諜報作戦/D13峰登頂 (創元推理文庫)