海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2015-06-01から1ヶ月間の記事一覧

「ザ・スイッチ」エルモア・レナード

なんともとらえどころがないが、つい読んでしまう。小悪党らが、本気なのか、冗談なのか、どちらでも取れる言動を繰り返し、誘拐という本来ならシリアスな犯罪の進行がアイロニカルに描き出される。レナードならではの世界、初心者にはハードルが高いだろう…

「テロリストに薔薇を」ジャック・ヒギンズ

元IRA闘士二人を主人公とした冒険小説。 活劇よりも、ヒロイズムとロマンティシズムに比重を置き、まさにヒギンズ節全開の作品だ。 但し、敵役がやや弱く、ストーリーもサスペンスに欠ける。 己の信条のままに突き進む登場人物たちは、良くいえば格好良いの…

「キリング・フロアー」リー・チャイルド

デビュー作にして、傑作。まるでウェストレイク初期のハードな犯罪小説「殺し合い」を想起させる。目的の為には殺しも厭わない元軍人の主人公。タフで非情でありながらも、複雑な謎を解く明晰さを併せ持つ骨太の男。閉ざされた田舎町で起こる巻き込まれ型の…

「やとわれた男」ドナルド・E・ウェストレイク

ウエストレイクの処女作。 非情な犯罪組織の中で生きる男を渇いた文体で描き、ハードボイルドの新鋭として脚光を浴びた。 主人公は、組織のボスの右腕として数々のトラブルを時に殺人も厭わず処理してきた。だが、その仕事を受け入れられない愛人との関係が…

「血まみれの月」ジェイムズ・エルロイ

エルロイを読む前には、少なからずの覚悟が必要だ。読了時には、エネルギーを使い果たしているはずだから。 傑作ブラック・ダリアへと昇華する前のホプキンズ・シリーズ第一作。まさに血まみれの情念に溢れた世界が展開し、狂気すれすれの刑事と狂気そのもの…

「裏切りのノストラダムス」ジョン・ガードナー

ハービー・クルーガー三部作の第一作。 舞台は、まだベルリンの壁があった冷戦時代の英国情報部。ロンドン塔を訪れた一人のドイツ女性の登場をきっかけに、第二次世界対戦中のドイツ占領下フランスで仕組まれた驚愕の諜報作戦が明らかとなっていく。スパイ小…

「深夜特捜隊」デビッド・グーディス

派手さは無いが、渋い犯罪小説の書き手としてのグーディスの実力が窺える作品。 元悪徳警官である主人公と、貧民街を牛耳るギャングのボス、その破滅を目論む警察のはぐれ組織、ギャングの隠し財産を狙う小悪党ども、それぞれの思惑、過去の人生が交差、絡ま…

「ベルリンの葬送」レン・デイトン

スパイ小説の巨匠としてル・カレと並び称されるデイトンだが、いささか日本での人気に差があるのは、作風の違いというよりも、屈折した構成の物語に拒否反応を示す読者が多いからだろう。 読み終えてみれば、本筋は粗方理解できるのだが、それもぼんやりと浮…

「明日に別れの接吻を」ホレス・マッコイ

1948年発表のホレス・マッコイ第四作。 主人公は、刑務所で知り合った男と、その姉の力を借りて脱走。逃走の過程でいとも簡単に人を殺す非情ぶりを現し、さらに間をおかずに街のスーパーを襲い金を強奪する。腐敗した警察の人間には金を握らせ、また次の獲物…

「ファーガスン事件」ロス・マクドナルド

弁護士ビル・ガナースンを主人公とする唯一の作品。傑作ギャルトン事件を経て、リュー・アーチャーが透明な存在へと変わりゆく直前に、ロス・マクドナルドが躍動する生命感に溢れた本作を著したことは興味深い。過去にとらわれた家族の悲劇を主題としながら…

「ローズマリーの赤ちゃん」アイラ・レヴィン

所謂、モダンホラーの先駆と称される作品。アメリカ社会の雑多な世俗とともに、前近代的悪魔崇拝に堕ちた集団の狂気の顛末を描く。 物語はいたってシンプルで、結末自体も驚くものではない。まるでオチのつけようがなく、途中で投げ出してしまったかのような…

「誰が為に爆弾は鳴る」トニー・ケンリック

スカイジャックなどのスラップスティックな傑作ミステリを何作も著わしたケンリックが、本作あたりからシリアスな作風へと路線変更し新境地を開拓した。 読んで驚く。これが意外と良いのだ。 止むに止まれず爆弾魔捜しをする元刑事の主人公の言動はハードボ…

「特捜部Q ―檻の中の女―」ユッシ・エーズラ・オールスン

珍しいデンマークの警察小説ながら、すんなりと物語の世界へと入っていけた。街の情景や社会的な背景など一切無駄だといわんばかりに、著者が登場人物の造形に力を入れているためで、例えば舞台が他の国であっても何の違和感もないだろう。 重い悔恨に苛まれ…

「狂犬は眠らない 」ジェイムズ・グレイディ

スパイ映画の秀作コンドルの作者による新機軸のスリラー。 主役は、元スパイで現在はCIA管轄の精神科病院に入院中の5人。なんとか薬の力で正気を保っているが、彼らを担当した新顔の精神科医が病院内で殺され、まず自分たちが疑われることを覚った5人は病院…

「真夏の処刑人」ジョン・カッツェンバック

実力派カッツェンバックの処女作にして傑作。 主人公アンダースンは、スクープに飢えるマイアミ・ジャーナルの社会部記者。ひと夏の悪夢の如き連続殺人事件の顛末を緊迫感溢れるドキュメントタッチで描く。 第一の被害者となる少女惨殺事件の記事をアンダー…

「風の影」カルロス・ルイス・サフォン

読了後、しばらく心地良い余韻に浸る。 哀しくも優しい、残酷でありながも幸福感に満ちた極上の物語。国境を越えて世界中で読み継がれていることも納得だ。一冊の本との出会いを大切に思う人々が、主人公である少年の思いに深く共鳴しつつその成長を見守り、…

「神と悪魔の遺産」F・ポール・ウィルスン

始末屋ジャック、満を持しての登場だ。 大傑作「ナイトワールド」で一旦終焉したホラーシリーズの中で、ずば抜けて人気の高かった登場人物ジャックを再び主人公にすえての新シリーズ第一弾。飽くなきタフネスはそのままに、現代社会が抱える闇を主題にしたト…

「燃える警官」ウィリアム・J・コーニッツ

執筆時に自らもニューヨーク市警の現職警部補であった著者による圧巻の警察小説。 右翼の大物実業家に取り込まれ狂った警察官の集団に立ち向かう市警警部補らの闘いを臨場感豊かに描く。捜査過程での群像劇は生彩に満ち、クライマックスとなる壮絶な市街戦ま…

「ホット・ロック」ドナルド・E・ウエストレイク

面白く読みはしたのだが、ウェストレイクの作品として見た場合、出来は良くない。ハードなクライムノベルの方が資質として合っている気がする。主人公を始めキャラクターは愛すべき人物なのだが、まだ薄い印象しか残らず、カタルシスも味わえなかった。次作…

「LA捜査線」ジェラルド・ペティヴィッチ

紙幣偽造犯を追う財務省特別調査官の行動をサスペンスフルに描く。 尻尾を掴ませない狡猾な犯罪者マスターズを追い詰めるためには、違法捜査を厭わない型破りな調査官チャンスと、疑念を抱きながらも引きずりこまれてしまう相棒のヴコヴィッチ。さらに堅実な…

「嘘、そして沈黙」デイヴィッド・マーティン

中途までは典型的なサイコスリラーだが、終盤に至って真相が明らかとなる時点でロス・マクドナルド的な家庭の悲劇へとシフトする。 文章は練られており、異常犯罪者の行動の描写にミスディレクションを仕掛けるなど芸が細かい。嘘発見器と呼ばれる退職間近の…

「掠奪の群れ」ジェイムズ・カルロス・ブレイク

大傑作にしてノワール史上に燦然と輝く名作「無頼の掟」「荒ぶる血」に続くジェイムズ・カルロス・ブレイクの翻訳3作目。 実在したギャングらの大胆不敵な活劇を、もはやブレイク節とも言うべき、クール且つ情熱的な筆致で描き出す。登場する男たちは全て、…

「沈黙の森」C・J・ボックス

米国のミステリ界では絶賛されたらしいが、どうにも退屈な作品だった。絶滅危機種を題材にした所謂環境保護を大きなテーマとし、私利私欲にまみれた権力者と猟区管理官の主人公の対決を描くのだが、これがなんとも頼りない。娘が事件に巻き込まれ、自宅から…

「狼殺し」クレイグ・トーマス

英国秘密情報部の元工作員ガードナーの復讐劇を縦軸に、アメリカ、ソ連、フランス、NATO各組織入り乱れての二重スパイ狩りの顛末を描く。個人的復讐を利用して、諜報部奥深くに潜んだモグラを密かに抹殺させるという作戦は現実的には無理があるが、憤怒に駆…

「わが故郷に殺人鬼」デヴィッド・ウィルツ

FBI捜査官のエリートとして犯罪者を狩り続けた主人公は、あるテロリスト集団の殲滅を最後に職を辞し、妻と一人息子とともに自らの故郷である田舎町へと帰る。だが、甘美な感傷に浸るまもなく、旧友や家族をも巻き込んだ陰惨な連続殺人事件の渦中へと否応もな…

「スクールボーイ閣下」ジョン・ル・カレ

所謂スマイリー三部作の中核を成す長編だが、とにかく読み終えるまで忍耐を要した。前作からの重厚感たっぷりの筆致は本作で極限まで達している。濃い霧の中を電池切れ寸前の懐中電灯を持ってそろそろと歩むが如き第一部を終え、末端の工作員が内戦中のカン…

「屍肉」フィリップ・カー

傑作「偽りの街」でナチス・ドイツ下でのハードボイルドを見事に成立させた才人フィリップ・カー。本作は、ソ連崩壊後の旧レニングラードを舞台に、混乱期に乗じて台頭するロシア・マフィアと刑事らとの対決を臨場感溢れる筆致で描き切る秀作だ。人々の生活…

「女刑事の死」ロス・トーマス

一癖ある登場人物の造型にかけては定評のあるロス・トーマスによる上質のスリラー。ミステリとしては小品ながら、ひとつひとつのエピソードが味わい深く、大人のためのエンターテイメントとして至福のひと時を提供してくれる。 回り道をしながらも、殺された…

「ラグナ・ヒート」T.ジェファーソンパーカー

後に大家として高い評価を受けることになるパーカーのデビュー作。ミステリとして、きっちりとまとまってはいるが、主人公を始め登場人物が個性に乏しく、読み終えての印象は薄い。文章は抒情的だが、まだ薄い。情感の深みに欠けるというべきか。 評価 ★★ ラ…

「羊たちの沈黙」トマス・ハリス

サイコスリラー隆盛のきっかけとなった記念碑的作品。狂気の犯罪者ハニバル・レクターの特異性のみに着目し過ぎては、本作の優れた点を見落とす。FBIのプロファイリングが連続殺人者をどのように炙り出し、追い詰めていくのか。それを本格的に娯楽小説へと導…