海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「わが母なるロージー」ピエール・ルメートル

パリ警視庁犯罪捜査部カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ、2013年発表の〝番外編〟。翻訳文庫本で約200頁の中編のため、読み応えでは物足りない面もあるが、その分、全編を覆う緊張感はより濃密になっている。比較的シャープなプロットの中に、技巧派ならではのツイストを効かせ、〝三部作〟同様に読後感は重い。

 夕刻、パリ市内で爆破事件が発生した。幸いにも死者は出なかったが、テロ行為も視野に入れた大規模な捜査が始まる。間もなくして一人の青年が警察に出頭、自ら犯人だと名乗り出た。ジャン・ガルニエ。不可解にも〝交渉〟相手にカミーユを指名した。仕掛けた爆弾はあと6発。要求は3つ。現在拘留中の実母ロージーの釈放、母子二人での海外逃亡の手配、そしてカネ。条件をのまなければ、1日ごとに爆発させると脅迫した。政府上層部は色めき立ち、テロ対策班のプロによる身体的/精神的苦痛を伴う尋問をジャンに行うが、驚くべき事に男は耐え抜いた。カミーユに対し、ようやく洩らしたのは、次の場所が幼稚園であることと爆破時間のみ。男の身辺を洗い直す中で、母親に対する気持ちが読み取れない。何故ならロージーは、ジャンの恋人を轢き殺した罪で投獄されていたからだ。男の真の動機とは何か。打開策無く時間だけを浪費する中、事件は予想外の展開を辿り始めた。

短い作品ながら、捜査の流れをしっかりと描いており、シリーズの中では最も警察小説の色合いが濃い。本作の〝主役〟ジャンの掘り下げは決して深いものではないが、劇的な終幕を経て心に残るのは、孤独な青年の苦悩と悲劇性である。感情を殆ど表さない犯罪者の焦燥が、周到な犯罪計画とリンクしていく過程が秀逸だ。どういう結末を辿るかは、母親と息子の関係性が明確となる中盤辺りで予測できるのだが、警察機構を利用して本意を遂げるプロセスの見せ方が巧い。
荒涼とした怒りと哀しみ。人間の業を抉り出すルメートルの眼差しは鋭い。

 評価 ★★★★

わが母なるロージー (文春文庫)