海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「デッド・ゾーン」スティーヴン・キング

キング1979年発表の初期作品。ホラーのテイストは薄く、特殊能力を持つが故に苦悩する孤独な男の半生をヒューマンタッチで描く。主要な登場人物の日常を細かく積み上げていく手法は相変わらずだが、本作ではややテンポを損ねているきらいもある。主人公が〝異能者〟となり人生が変わりゆくさまを丹念に追っていく長い長い第1部は、終盤の劇的な展開へと導くためには必要な分量だったのかもしれないが、構成の密度は弱まっていると感じた。

手を触れることで、相手が秘匿することを知り、未来を予知する。決して売名/野心を目的とせず、殺人事件を解決し、他人の生命に関わる事故を未然に防いだとしても、常人を超えた力に人々は畏怖し、敬遠していく。空想的なヒーローは漫画や映画の世界でこそ親しまれる。現実社会で隣に居座る〝超人〟はどこまでも不気味な化け物でしかない。そのペシミズムが全編に横溢し、報われることのない主人公を追い詰めていく。ラストに於いて、誰のためでもなく自分の信念で事を成し遂げた男の最期が哀しいカタルシスに満ちているのは、死こそが呪縛から解放されるための鍵であったことを無情にも示すからだ。

主人公のジョン・スミス(ミドルネームなし)という名には、「誰もがスミスに成り得る」という含みを持たせているのだろう。中盤までの暗鬱なエピソードの数々は、読者一人一人が己自身に置き換えて、自分であればどう乗り越えるかを迫る。もし、眼前の男に世界を滅ぼしかねない狂気を「視た」時に、人々を救うための行動を起こすか否か。スミスは自らの余命を知り得たが故に、己が「正義」と信じる結論を導き出すが、果たして「キミならどうする」とキングは問い掛ける。
結末において、損傷した脳が異常な力を発揮した要因を強引ながらも〝科学的〟に解明してみせるのだが、キングは本作で〝非科学的〟〝神的〟なものを極力排除しようとした跡がある。その象徴/対照となるのは、本作唯一のホラーパートともいえる邪教に溺れ精神が崩壊していくスミスの母親にまつわる挿話である。
人間を「超えてしまう」ことの怖さ、その能力を持つ者への偏見などのテーマを、キングは次作の「ファイアスターター」でさらに掘り下げる。

ちなみに、クリストファー・ウォーケン主演の映画化作品は、枝葉を刈り取ったストレートな構成と、主人公の凍てついた心象の映像表現が鮮やかで、記憶に残る秀作だった。

評価 ★★★

 

デッド・ゾーン〈上〉 (新潮文庫)

デッド・ゾーン〈上〉 (新潮文庫)

 

 

デッド・ゾーン〈下〉 (新潮文庫)

デッド・ゾーン〈下〉 (新潮文庫)