海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

途中下車 〜海外ミステリ雑記帳〜

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旅の途上でひと息入れた道すがら、どこまでも私的な海外ミステリの読み方について、その一端を脈絡のないままに記しておきたい。

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愛読する作家やシリーズは数多いが、一作品を読み終えた後は、しばらく距離をおくことにしている。集中して読み続けることは、安心感を覚える反面、作風や展開に慣れて「分かったつもり」となり、結果的に飽きることへと繋がりかねない。ある程度他の作家を挟めば、その良さも悪さも再確認でき、新たな観点が生まれる。常に新鮮な気持ちで向き合い、長く付き合うにはブレイクも必要だ。好きなものは後回しにして、なるべく初めての作家、それも出来るだけマイナーな作品に挑むようにしている。より深く楽しむための経験を、読み手としても積みたいからだ。

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加えて、読了したカテゴリと同系のミステリにも、すぐには手を出さない。元来、私は読書に於いては雑食で、様々な世界の物語を味わいたいという欲求が強い。難解な本格推理で頭を悩ませた後には、躍動感に満ちた冒険小説の世界へと旅立ち、人間不信に陥るようなスパイ小説で凍えた翌日は、硬派なハードボイルドで市井の人と触れ合い温まる。その為、特定の作家やカテゴリに一家言ある研究家になれるはずもなく、定住無き放浪者と成り果てているのだが。

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読書も「ひとつの冒険だ」というのが私のスタンスだ。魅惑の世界が無限に拡がっているのだから、楽しまなければ勿体ない。これも活字中毒者故のやるせなき症例なのだろう。面白い本を読めば、人に紹介したくなる。つまりは、本ブログのコンセプトでもあるのだが、それにも増して自分自身の糧にしたいという思いが強い。海外ミステリに限らず、読書は人生を豊かにする。陳腐な表現だが、紛れも無い事実である。

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本ブログで取り上げている作品は、読み終えた順ではなく、レビューを書き上げたものから掲載している。あまりにも感動が深過ぎて、なかなかレビューを書けないことも多い。最近では、テリー・ヘイズの大傑作「ピルグリム」がそれで、あれこれ頭の中で熟成するのを待ってから、一気にレビューを綴った。読了してから半年が経っていた。
逆に読後感の良くない作品は、本を乱暴に閉じた勢いのまま、さっさと書き上げている。批評家や他の読者が絶賛している場合は、なおのこと筆が進む。百人百様の受け止め方があり、ネットの片隅でどうほざいても影響が無いことは、それこそ百も承知している。なぜ、評価出来ないのかを上げていく過程で、自分の嗜好をあらためて知ることもできる。それも次に繋がる大切な学びだ。

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冒頭で気が乗らない作品は、とことん寝かして、忘れた頃にまた読む。その時点で、やっぱり駄目だと感じたら、いったい何が良くないのかに着目して、気を鎮めつつ読み進める。ラストシーンを読み終え、解説者の〝大人の事情〟に憤慨しつつ、引っ掛かりを再点検する。
私とは真逆の高評価を得ている本の多さに驚くことも多々あり、自分の読解力の限界を知ることもある。最近の例では、フーコの「薔薇の名前」がそれだ。批評家を含む多くの読み手が、同作を海外ミステリの至宝として崇めているが、レビューで書いた通り、私は全く価値を認めない。或る種、不快だったのは、この本を取り巻くミステリ界隈のお祭り騒ぎだった。記号学の権威が著した「娯楽小説」という文脈ではなく、「海外ミステリ」という枠組みの中で、歴史的な名作を凌駕したかのような評価を与えていたこと。いったい、これまでどんな本を読んできたのだと、尋ねてみたい。

掛け替えのない傑作が次々に絶版となり姿を消していく傍ら、書店の限られた本棚を我が物顔で占める「薔薇……」。その種から、新たな海外ミステリファンが芽生えるとは、とても思えないのである。世界的大ベストセラー/数多のミステリ誌でランキング第1位、などという記号に幻惑されて、「たまには海外ミステリでも」とフーコを手にする人は、一過性の読書で終わるどころか、「海外ミステリは難しい、もう読まない」と敬遠されるのが落ちではないか。

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何のしがらみのない個人のブログ、批評する自由を楽しむことが大切だ。恐れずに、臆することなく、自分の個性/スタイルで書く。

例え、つまらなかったと感じたとしても、著者は読者に楽しんで欲しいという思いを込めて創作し、世界にひとつしかない作品を上梓している。読み手は、作者の意気に応えるべきだ。褒めるにしろ、けなすにしろ、とことん突き詰めて書きたい。

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他人の評価が納得できるか否かは、当然自分で読むこと以外に方法はなく、その行動なくしては始まらない。何を切っ掛けにするにしろ、レールは眼前に敷かれている。車窓から眺める景色が、既に旅を終えた人から届いたレビュー/絵葉書と同じか、それとも全く違う印象を受けるか。いずれにせよ、旅立つことから始めるしかない。