海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「アムトラック66列車強奪」クリストファー・ハイド

1985年発表、ハイド渾身の快作。北米回廊線の列車から現金強奪を目論んだ新米の犯罪者グループが、よりによって同じ目的で乗り込んだテロリスト集団と鉢合わせする。このアイデアだけで〝買い〟である。しかも、冒険小説の傑作「大洞窟」の作者だ。面白くないはずがない。粗筋から、ウェストレイク/ドートマンダーシリーズ張りのコメディ的要素を絡めたクライムノベルかと安易に想像していたが、良い意味で裏切られた。本作は豪速球を投げ込む正統派の冒険活劇なのである。

主人公は、全米輸送列車公社「アムトラック」の車両清掃員ハリー・マクスウェル、35歳。頭脳明晰だが運に恵まれず、過去には麻薬の運び屋をしたこともあった。そんな折、特異な構造を持つ一車両が米国連邦準備銀行の新造紙幣3500万ドルを定期的に運んでいることを知る。マクスウェルは一念発起、旧友らを巻き込んで襲撃プランを練る。決行日、北へと向かって走る9両編成の列車〈ナイト・アウル〉。厳重に警備された輸送車両の天井から麻酔ガスを注入したマクスウェルらは、車内を見て唖然とする。血塗れで死んでいる護衛らと、意識を失い倒れた戦闘服の男。傍には銃器が転がっている。大金を狙っていたのは自分たちだけではなかった。
テロリストの正体は欧州を拠点とする「世界人民軍」だった。美貌だが冷血なドイツ人の女シェンカーをリーダーとする7人は、乗客225名を人質に取り、進行方向の路線全開放を要求。ノンストップで疾走する〈ナイト・アウル〉には爆弾が仕掛けられていた。厄介なことに「身代金」をすでに手に入れたテロリストらは、取引する必要が無く、ただ逃走/脱出する目的地に辿り着けばよかった。
軍主導空挺部隊による強攻策は無残に失敗し、政府機関は有効な打開策を見出せない。モントリオールでVIA鉄道〈カナディアン〉と連結した列車は、16両編成となり、人質は約600人に膨れ上がる。しかも、各車には炭疽菌生物兵器も仕組まれ、外部からの攻撃は乗客が全滅するばかりでなく、その一帯が広範囲に渡り人間の住めない死のエリアとなることを意味した。カネを横取りされた上に、罪の無い人々を道連れにしようとしているテロリストに激怒したマクスウェルは、先頭に立って反撃することを決意。ディーゼル機関車のため、必ず燃料補給で停車する。狙うなら、その時だった。かくて、米国ワシントンから北へ、国境を超えカナダを横断するルートを走る列車の中で、ハイジャック犯らとの生死を賭けた長く苦しい闘いが始まる。

大半の乗客が未曽有の恐怖に萎縮する中、対テロリストで奮起したメンバーが集結する。ただ一人銃を携行していた中年刑事以外は武器もなく、暴力とは無縁の素人ばかり。マクスウェルら〝元列車強盗団〟のやさぐれた三人、義手の退役軍人や鉄道マニアの技師に列車のポーター、さらには旅行好きの老婦人に元ドイツ空軍の老飛行士など。そこへ助っ人として、当初から事件を追っていた元FBIのテロ研究員とアムトラックの保安員らが、隙を見て列車に潜入し合流を果たした。策謀に長けたマクスウェルをリーダーに、各々が持てる技倆を駆使して狂気のテロリスト集団に立ち向かっていく。

奇抜な着想に肉付けした波瀾に満ちたエピソードが読ませる。カナダ出身で鉄道ファンのハイドが持てる力を投入しただけあって、状況を的確に伝えるディテールが生きている。武器の量と狡猾さで圧倒するテロリストに対し、間に合わせの備品や薬で火炎瓶などを即興的に作り出す〝アマチュア〟らの知恵と勇気は、バグリイの名作「高い砦」を彷彿とさせる。その無謀ともいえる戦闘で、ある者は当然敗れて死んでいくのだが、巧みな人物造形によって展開する人間ドラマも劇的で鮮やかだ。どれほど英雄的行動をとろうと強盗としての本分を忘れない主人公を巡る爽快な結末も潔い。
後戻りできない過酷な冒険行を怒涛のクライマックスまで描き切るハイドの筆致がとにかく熱い。クリストファー・ハイドは、やはり本物だ。

評価 ★★★★★

アムトラック66列車強奪 (文春文庫)

アムトラック66列車強奪 (文春文庫)