海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「極大射程」スティーヴン・ハンター

1993年発表、ハンターを一躍メジャーな作家に押し上げたボブ・リー・スワガーシリーズ第1弾。銃器への偏愛が全編にわたり横溢し、かの大藪春彦を彷彿とさせるほど。マニアックなディテールは、時に筋の流れを堰き止めかねない分量に及ぶ。だが、勢いのままに筆を走らせる作者は、力技で読み手を捩じ伏せる。起伏に富むプロットに緊張感溢れる活劇を盛り込み、燃える男を活写。ハンターの並々ならぬ意気込みを感じる力作だ。

ベトナム戦争時、米軍海兵隊2位の腕を持つといわれた名射撃手スワガー。除隊後はウォシタ山脈で隠遁生活を送っていた。そんな中、米政府の法執行関連テクノロジー/武器/訓練/小火器の専門的助言を請け負うという組織の者が、新開発した銃弾の試射を依頼。極めて精密な長距離狙撃を可能にするという誘い文句に興味を引かれたスワガーは受託。難なく仕事を終えたが、組織はさらなる要望を加えてきた。近々当地で演説する大統領の暗殺計画を入手。〝いつ、どこで〟は掴んでいるが、〝どこ〟から狙うかが分からない。某国に雇われた暗殺者が、かつてベトナムの地で己に重傷を負わせ、親友を殺したロシア人と同一人物だと知ったスワガーは、大統領がセレモニーを行う現場を視察、トップレベルのスナイパーが選択するに相応しい狙撃の場を事前に突き止め、組織に告げた。
そして、世捨て人同然だった男は、己自身の過信と油断故に、罠に嵌まる。大統領狙撃は阻止されず、スワガーは暗殺者として仕立て上げられた。使用したライフルや銃弾、暗殺実行日直前の行動など、全ての証拠がスワガーが殺し屋であることを指し示した。銃弾を浴びながらも辛くも逃げ延びた男は、抑え切れぬ憤怒を抱えたまま、壮絶な復讐戦へと没入する。

様々な伏線を貼る序盤はややもたつくが、暗殺者の汚名を被る場面から一気に加速し、終盤までスピードを緩めない。図らずもスワガーの味方となるFBI捜査官や、凄腕の車椅子スナイパーなど、一癖ある登場人物を配置。ただ、女性を描くことは不得意らしく、ロマンス的要素は浅い。必然、本作での読みどころは射撃のエキスパートによる白熱の闘いにある。中でも白眉となるのは、数百人の戦闘員に囲まれた山上で迎え撃つ高密度のスナイプで、ハンターは圧倒的な筆力を披露している。

本作は世評も高く、ハンターの代表作に相応しいのだが、粗さも目立ち、私は絶賛とまではいかない。その最大の理由は、冒頭で二度と「殺さない」と誓っていたはずのスワガーが、自尊心を傷付けられたが故に、何の葛藤もなくあっさりと撤回することにある。まるで開放/爽快感を味わっているかのように繰り広げる殺戮。導入部で森の中に棲まう老鹿とスワガーが触れ合うシーンがあり、無意味な死に与しない信念を伝えているのだが、このエピソードが浮いてしまっている。主人公の変貌に触れないことは、展開上不自然な欠落であり、深みにも欠けていると感じた。また、今ひとつ感動の度合いが低いのは、射撃に特化したヒーローとして割り切る〝ゲーム性〟に重点を置いているからだろう。銃器のみに愛情を傾けるという非情なアウトローという設定では情感が流れず、アクションのみを目玉とせざるを得ない。所詮は、ベトナムで何人殺したかが尺度となる世界のストーリーを、読み手が受け入れられるかどうかで違ってはくるのだが。さらにもうひとつ。終幕近くでスワガーの罪を問う裁判のパートは明らかに蛇足で、もう一捻り付け加えているとはいえ、クライマックスの高揚感を弱めている。

本作は、物語として充分完結しているのだが、読者の評判が良く、作者自身も自信があったため〝サーガ〟化したのだろう。スワガーは、第一弾の時点で四十代半ば。驚くべきことに、シリーズ最新作「狙撃手のゲーム」(2019年)では七十代の老人である。如何に高齢化社会とはいえ、いい加減ヒーローから解放したらどうかと思うのだが。自らの年齢を反映させているらしいハンターはともかくとして、老いたスワガーの活躍さえファンは待ち望んでいるのだろうか。

評価 ★★★

極大射程 上 (扶桑社ミステリー)

極大射程 上 (扶桑社ミステリー)

 

 

極大射程 下 (扶桑社ミステリー)

極大射程 下 (扶桑社ミステリー)