海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ダーウィンの剃刀」ダン・シモンズ

2000年発表の冒険スリラー。シモンズは、ホラー/SF/アクション/ハードボイルドなど、ジャンルを越境して創作、どの分野でも高い評価を得ている才人だ。小手先の技術ではなく、独自の世界観/スタイルをしっかりと構築し、その道の専門家に引けを取らない腕前をみせる。本作も充分満足のいく仕上がりで、躍動感と緊張感に満ちた骨太且つスタイリッシュな活劇小説として読み応えがある。

主人公は、カリフォルニアに住む「事故復元調査員」のダーウィン・マイナー。文字通り、不可解な状況で発生した事故を、科学的に調査/復元して原因を突き止めるエキスパートで、物理学博士の称号も持つ。フリーランスだが、主に旧知の保険調査会社の依頼を受けていた。そんな中、或る仕事を終えたダーウィンは、愛車アキュラNSXを公道で走行中、メルセデスに乗った男二人から銃撃される。テレビ局の生中継も入るド派手なカーチェイスを経て、襲撃者を撃退。崖から落ちたメルセデスの男らは死亡、あとにロシアン・マフィアの一員だったことが判明した。ダーウィンは州検事局主任捜査員シドニー・オルソンを通じて事態の背景を知る。巷では、保険金狙いの自動車事故が続発、死傷者が後を絶たなかった。それらには実態を隠して暗躍する新興犯罪組織が絡んでいた。南米からの不法入国者を勧誘し、無謀な事故を引き起こす「当たり屋」に仕立てているという。同時期、闇組織は実行部隊の中で無用となった者を事故に見せ掛けて殺していた。ダーウィンは当該案件を調査時に、図らずも組織幹部へと繋がるからくりを解き明かしていた。つまり、犯罪者にとって排除すべき〝危険人物〟となっていた訳だ。ダーウィンは自らが囮となり、犯罪者の炙り出しに協力する覚悟を決める。かくして、血気盛んな女性捜査員シドニーの魅力に翻弄されつつも、闇組織との怒濤の闘いに身を投じていく。

本作の読みどころは数多いが、中でもプロットの主軸となる保険金詐欺に関わる様々なエピソードがユニークだ。執筆にあたり、シモンズは恐らく膨大な下調べをしたのだろう。偽装された事故をいちから再現し、実際に起こった状況を解明する過程のディテールひとつひとつが興味深い。事故現場の僅かな残留物から瞠目の解答を導き出す。これは、ミステリの神髄〝推理〟そのものと通じている。
また、暗い過去を背負うダーウィンの厭世的シニカルさも生彩を放つ。飛行機の墜落現場に調査員として駆け付けた際に、搭乗しているはずのない妻と子の死に出くわすというトラウマが、やがて関係を深めていく女性捜査員との間に影を落とし、奥深いドラマ性を生みだしている。
さらに物語の中で、ベトナム戦争時に敏腕スナイパーとして熾烈な戦闘を経験したダーウィンの逸話を挿入、濃密でダイナミックな臨場感溢れるアクションを展開している。ことあるごとに「銃は嫌いだ」と自嘲気味に述べるミステリアスな元射撃手の正体が徐々に明らかになる流れも自然で、強い印象を残す。この男、只者ではないのである。
銃器に関するマニアックなこだわりもプロ級で、スティーヴン・ハンター張りの蘊蓄を披露しているのには驚いた。特に密林に舞台を移したクライマックスでの活劇が出色で、スリルに満ちた銃撃戦を熱く活写する。後半では、グライダーによる上空での戦闘シーンも盛り込み、緩急を付けつつ終盤へと盛り上げていく。

娯楽的要素満載の見事なエンターテインメント。ダン・シモンズの才能に、あらためて平伏す快作だ。

 評価 ★★★★