海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「流刑地サートからの脱出」リチャード・ハーレイ

監獄と化した絶海の孤島を舞台とする異色の冒険小説で1987年発表作。ハーレイの翻訳は、現在のところ本作のみのようだが、筆力があり一気に読ませる秀作だ。

同様の設定で連想させるのは、実話を基にしたクリント・イーストウッド主演の映画「アルカトラズからの脱出」(原作はクラーク・ハワード)だが、島全体が監獄となった「流刑地サート」には、看守などの役人は一人も常駐していない。衛星カメラによる監視システムと海岸周辺に張り巡らされたレーダー探知によって、囚人の行動は終始モニターされ、下手な動きは死に直結した。つまり、脱出は100%有り得なかったのだが、それ以上に大きな障害として立ちはだかるのは島の住民自身だった。極刑同然の島流しを喰らった男らは、更生不能の凶悪犯ばかりであり、限られた物資と食料を巡り、生存のための闘いを日々繰り広げていた。法による秩序は望めず、弱い者は淘汰されていく。送り込まれた囚人の大半が、死刑の方がまだ慈悲深いと思い知るような最期を迎えることとなるのである。

主人公ラウトリッジは、身に覚えのない殺人事件で有罪となり、英国本土で眠らされた状態で流刑地へと移送される。目覚めた先は〝ヴィレッジ〟と呼ばれる砦の中。島の囚人は大きく3集団に分かれて対立していたが、唯一〝ヴィレッジ〟のみが規律ある共同体として、政府が定期的に投下する物資を独占していた。リーダー格として君臨する男〝ファーザー〟の命により、新入りは「砦の外で一定期間生き延びる」ことを仲間に加えるための条件としていた。〝ヴィレッジ〟の外では己の知恵と力のみに頼らねばならない。更に深刻なのは、凶暴な犯罪者らがうろつく無法地帯に放り出されるということだった。ラウトリッジは生きて再び〝ヴィレッジ〟へと戻る覚悟を決めるが、早速新顔に感づいた一味が襲撃を加えてくる。

本作の読みどころは、後半の山場となる脱出劇よりも、生き残りを懸けた中盤までの〝デスマッチ〟にある。不毛の地で餓えを凌ぎつつ、さらに凶暴化した犯罪者らと繰り広げる死闘。一瞬の気の緩み/判断の誤りが死を招くことになるため、逃げ場無きサバイバルは当然のこと凄まじい緊張感を伴う。
平凡な人間に過ぎなかった男が、絶え間ない闘争を通して成長するさまも読みどころの一つだ。男しか登場しないため、アブノーマルな一面も描いてはいるのだが、ハーレイはあくまでも異常な世界での冒険行にウエイトを置いている。

評価 ★★★★

 

流刑地サートからの脱出 (新潮文庫)

流刑地サートからの脱出 (新潮文庫)