海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「死者との誓い」ローレンス・ブロック

1993年発表のマット・スカダー・シリーズ第11作。これまでの重苦しい焦燥/無常感は薄まり、全体のムードはさらに明るくなっている。だが、読後に違和感しか残らなかったのは、初期作品では顕著だった詩情が失われていたためだろう。老成したとはいえ筆致は枯れており、物語自体にも精彩が無い。
前作「獣たちの墓」(1992)でも朧気に感じていたことだが、ブロックが本シリーズを書き続ける意義に疑問さえ抱いた。危なげない禁酒生活を送る中、伴侶を得ようと望む探偵。数多の苦境を乗り越え、ようやくスカダーが幸せを掴もうとしている情況は感慨深いが、人生の迷いや社会悪への憤りも同時に消え去っていると感じた。無論、探偵が須く孤独でなければならないという訳ではないが、社会の底辺で生きる人々への共鳴、理不尽な悪との対決へと至る流れは、孤影が色濃いからこそストレートに心に響いた。多くを語らずとも、暗鬱な事件を通してスカダーの過去と現在の有り様は鮮やかに浮かび上がった。
無力であることを自覚した男の為し得る最悪且つ最善の決着。その激情の中で迎える結末は、孤独な男/スカダーであればこそ得られたカタルシスだった。

かつてブロック自身が述懐しているように、主人公を破滅の一歩手前まで追い込んだ「八百万の死にざま」(1982)の壮絶な幕切れをもってシリーズは〝一応〟完結している。その余韻のままに回想へと繋ぐ秀作「聖なる酒場の挽歌」(1986)は別として、その後の作品についてはスカダーが主人公である必要性はない。ノワールへの傾斜を深めた、いわゆる「倒錯三部作」は、元アル中のヒーローという設定無しでも充分成立しただろう。
続編を重ねるほどに探偵の私生活を綴る量も増えているようだが、ロバート・B・パーカー/スペンサーの如き腑抜けた人生訓/ディスカッションを延々と読まされる苦痛と同じく、淀んだハードボイルドの残滓のみを私は読み取ってしまうのである。
罪と罰」とどう向き合うか。その主題は変わらずとも、事件に私的情動が絡む要素は減り、第三者/傍観者としての立ち位置が固まり、物語の強度は明らかに弱まっている。変貌したシリーズを熟成した「大人のミステリ」として楽しめる心の広い読者であれば問題はないだろうが、世慣れた警句を挟みつつ「本格的な謎解き」にいそしむスカダーに、私は魅力を感じない。
初登場時は「リュウ・アーチャーへのニューヨークからの返答」というキャッチフレーズが相応しく、現代ハードボイルドの「手本」ともなる作品を送り続けていた。だが、一端は頂点を迎えた後、徐々にボルテージは下がっていく。かつて自らが生きた吹き溜まりを硝子越しに観察する冷徹さ。賢く生き、立ち振る舞うすべを学んだ狡猾さを、近作のスカダーには感じてしまう。恐らく次作を読むことで、その思いはさらに強まるだろう。

評価 ★★

 

死者との誓い (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

死者との誓い (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)