海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

ミステリ/警察小説

「自転車に乗った警視」ティモシー・ウィリアムズ

イギリス人作家がイタリアの地方都市を舞台に描く警察小説。主人公は公安警察警視トロッティ。1978年、モ—ロ元首相が極左テロリストグループ「赤い旅団」に誘拐(後に殺害)されるという不穏な時代を背景にしつつも、地方色豊かなローカル・ミステリとして味…

「暗い森」アーロン・エルキンズ

“スケルトン探偵”の異名を持つ形質人類学者ギデオン・オリヴァーを主人公とする第二作。このシリーズは日本でも好評だったようで、その多くが翻訳されている。本作が私のアロキンズ初体験となるが、正直期待はずれだった。登場人物らの軽妙なやりとりなどか…

「悲しみのイレーヌ」ピエール・ルメートル

やはりルメートルは只者ではない。カミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とする2006年発表の第1作。近年稀な大ベストセラーとなった傑作「その女アレックス」でも触れられているカミーユの妻イレーヌの残酷で悲劇的な顛末が明らかとなるのだが、出版事情が…

「樽」F・W・クロフツ

クロフツ1920年発表の処女作にして代表作。推理小説の古典であり、愛好家必読の一冊でもあるのだが、肩肘張ることなく今でも充分に楽しめる。ストーリーは、殺人事件の発生からドキュメントタッチで展開し、実直な警察官と私立探偵の地道な捜査によって、ひ…

「カロライナの殺人者」デイヴィッド・スタウト

アメリカの奴隷制存続の是非を問う南北戦争が北軍の勝利によって終結したのは1865年。だが、以降も南部を中心に黒人(無論、先住民やアジア人など含む例外無き有色人種)への差別は色濃く残り、本作品のモチーフとなった事件が起こった1944年も依然として白…

「凍った街」エド・マクベイン

馴染みの刑事部屋に入り、ガサツでありながらも心優しい刑事たちに再会する。スティーブ・キャレラ、マイヤー・マイヤー、バート・クリング、ミスコロ、バーンズ……1956年発表の「警官嫌い」以降、2005年「最後の旋律」まで全56作。マクベインの死によって惜…

「ガラスの村」エラリイ・クイーン

クイーン後期の〝問題作〟とされている1954年発表作。本作に犯罪研究家エラリイ・クイーンは登場せず、元軍人ジョニー・シンが主な謎解き役兼狂言回しとなる。同時期に米国で吹き荒れたマッカーシズムに対する義憤から着想を得たとういうのが定説らしいが、…

「特捜部Q ―キジ殺し―」ユッシ・エーズラ・オールスン

シリーズ第2作。デンマーク警察の「特捜部Q 」責任者で主人公のカール・マーク警部補、助手でアラブ人のアサド、さらに本作からアシスタントとなるローセ。未解決となった不可解な事件を個性豊かな刑事らが地道に再調査し解決していくという骨子は良く出来…

「ボーン・コレクター」ジェフリー・ディーヴァー

〝犯罪学者〟リンカーン・ライムシリーズ第1作。捜査中の事故によって四肢麻痺の体となった元ニューヨーク市警の科学捜査部長ライムが、後に相棒となる警官アメリア・サックスを得て、最新の科学捜査と犯罪心理を駆使して連続殺人鬼を追い詰める。 ライム初…

「ロゼアンナ」マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー

以前は北欧ミステリといえば、マルティン・ベックシリーズを指した。本作は1965年発表の記念すべき第一作。 スウェーデンを遊覧中のアメリカ人女性ロゼアンナ(新訳ではロセアンナ)が遺体となって海から引き上げられる。警視庁殺人課のベックやコルベリらは…

「警察署長」スチュアート・ウッズ

優れた評論家であった瀬戸川猛資絶賛の書。アメリカ南部・架空の町デラノを舞台に、長きにわたり未解決となる連続殺人と、根深い人種差別に翻弄されつつ事件に挑んでいく警察署長三代を描いた大河小説。謎解きはあくまでも添え物で、作者の主眼は20代以降の…

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」スティーグ・ラーソン

北欧ミステリ全盛の礎を築いた大ベストセラー。作者が出版前に急死するという悲劇的な要素も作品評価へのプラス材料となったのだろう。本書は3部作として世に出た内の1作目だが、私は世評ほどの面白さを感じなかった。 最大の難点は、冗長過ぎるということ…

「火刑法廷」ジョン・ディクスン・カー

ミステリ史上に残る傑作。 この作品最大の魅力は、人間消失などの複雑怪奇な謎の論理的解決と同時に、相反する非論理的なオカルティズムを融合させ、見事に成立させてしまったところにある。 エピローグを読み終え、ゾッとする悪寒を覚える読者を想像してほ…

「熱い街で死んだ少女」トマス・H・クック

舞台は、1963年の米国アラバマ州バーミングハム。マーティン・ルーサー・キングが指導する公民権運動が勢いを増す中、ある黒人少女が殺された事件を市警本部のベン・ウェルマン部長刑事が捜査する。ミステリとしての謎解きはあくまでも添え物で、本作の主題…

「ウォッチメイカー」ジェフリー・ディーヴァー

長い長い序章ともいうべき前半が過ぎれば、物語は一気に動き出す。よくもまぁ、これだけ複雑なプロットを捻り出したものだと感心。必ずどんでん返しが用意されている、と読み手は分かっている。その予想を遥かに超える仕掛けを組み込む作者の力量は凄い。 評…

「テロリスト」マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー

味わい深い大人のための警察小説。 主人公ベックをはじめ、登場人物すべてに無駄がなく、それぞれの人生に思いを馳せることができる。 愛情の込もった訳者あとがきも素晴らしい。 評価 ★★★★ テロリスト (角川文庫) 作者: マイ・シューヴァル,ペール・ヴァー…

「硝煙に消える」ジョージ・P・ペレケーノス

この作家、初読。随所に光る部分はあるものの、主人公の行き当たりばったりな行動に共感できなかった。結局、何がしたかったのか。友人を無茶な取り引きに巻き込み、死なせておいて感傷に耽られる感覚が分からない。謎解きも唐突で違和感がある。ハードボイ…

「男の首 黄色い犬」ジョルジュ・シムノン

シムノンの真の魅力を識るには、読者自身が成熟した大人であることが必須なのであろう。 男の首に登場し、深い余韻を残す犯罪者の見事な心理描写は、現代のミステリー作家が束になっても敵わないに違いない。 不公平な貧困とブルジョワへの憤怒、余命僅かな…

「チャイルド44 」トム・ロブ・スミス

序盤から終盤まで、凄まじい緊張と焦燥を読者に強いる。スターリンの恐怖政治の実像を、本書のみに頼るのは危険だが、恐るべき筆力で疾走するストーリー展開は、娯楽小説としての真髄を見せ付けてくれる。とはいえ、描かれているのは、この世の地獄巡りだが……

「グラーグ57」トム・ロブ・スミス

前作の興奮冷めやまぬまま、続編を読了。エネルギーに満ち溢れた著者の才気を存分に感じる力作だ。この作品でも、主人公レオをはじめ登場人物全てが極限的状況下で生死を彷徨う。大半は悲惨な死を遂げることになるが、お涙頂戴的な甘さを一切排しており、彼…

「血の流れるままに」イアン・ランキン

読み終えて、どうもすっきりしないのは、やはりカタルシスが不足しているからだろう。ド派手なカーチェイスによる幕開けと謎の呈示は期待を持たせたが、その後の展開は淡々としてサスペンスに欠ける。決着の内容も妥協であり、権力の不正を暴き、トドメをさ…

「盤面の敵」エラリイ・クイーン

本格推理小説の傑作を次々と生み出したクイーンも、流石に疲れを見せている。当時としては斬新なはずの犯人の設定も、現在では古めかしく感じざるを得ない。 評価 ★★☆ 盤面の敵 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 3-7) 作者: エラリイ・クイーン,青田勝 出版社/メ…

「推定無罪」スコット・トゥロー

いわゆるリーガルサスペンスが量産されるきっかけとなった作品。 一人称の主人公登場シーンでは、のちに自らが裁かれることとなる人物はすでに殺害されており、次第に明らかとなっていく動機や証拠の類いを、読者は物語の進行とともに検証する。ここら辺りの…

「バースへの帰還」ピーター・ラヴゼイ

随分と評判が良かったので読んでみたが、ミステリとして物足りなさを覚えた。真犯人とおぼしき人物は途中でわかってしまうし、謎解きはオーソドックスで、あまりフェアともいえない。やはり、ガサツな主人公に好感が持てないことが一番の理由か。くせはある…

「夜の熱気の中で」ジョン・ボール

ヴァージル・ティッブスシリーズ第1作。1965年発表にしてMWA最優秀新人賞受賞作。アメリカ南部の黒人差別が色濃く残る田舎で、卑しい偏見を一身に浴びながらも、経験豊かな黒人刑事が殺人事件を鮮やかに解決し、無能な白人の署長らの意識に変革をもたらして…

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン

小説を読んで涙したのはいつぶりだろう。この重苦しく、やるせなき悲劇に満ちた傑作は、ミステリという範疇を超えて、いつまでも深く心に残る濃密な物語として読み継がれていくだろう。冒頭から降り続いた暗鬱な雨は、美しくも哀しいラストシーンの直前にや…

「殺人者の顔」ヘニング・マンケル

読み終えるまで随分と時間が掛かった。 移民問題を抱えたスウェーデン社会を背景に、老夫婦の殺害事件を捜査するくたびれた刑事を描いたストレートな警察小説ではあるのだが、いかんせん地味過ぎる。真犯人に辿りつく切っ掛けが、ある特殊能力を持った人間の…

「消えた消防車」マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー

ベックシリーズとしては凡作だろう。 冒頭に不可解な殺人が起こって以降、捜査は遅々として進まず、展開に大きな起伏がある訳でもない。けれども、最後まで読ませてしまうのは、登場する刑事一人一人が生き生きと描かれており、そのやりとりの楽しさが作品に…

「皮膚の下の頭蓋骨」P・D・ジェイムズ

読書にかける時間がなく、2週間かかってようやく読み終えた。文庫本で600ページあまり、特に長い分量ではないが、綿密な描写がびっしりと続くため、どうしても読むスピードが落ちる。加えて、裏表紙のあらすじにある殺人が起こるのは、ストーリーの中盤にな…

「特捜部Q ―檻の中の女―」ユッシ・エーズラ・オールスン

珍しいデンマークの警察小説ながら、すんなりと物語の世界へと入っていけた。街の情景や社会的な背景など一切無駄だといわんばかりに、著者が登場人物の造形に力を入れているためで、例えば舞台が他の国であっても何の違和感もないだろう。 重い悔恨に苛まれ…