冒頭数ページの情景描写は、ひたすらに美しい。パリ郊外。氷雨の降り続く闇を切り裂き疾走する車。放心した状態でハンドルを握る若い男。しばらく田舎道を走り続けた車は山中で故障し、男はやがて古い宿に辿り着く。酒を飲んだ後、男は電話を借りて警察を呼び出す。そして「ある男を殺した」と告げる。
シムノン1951年発表の成熟した筆致を堪能できる小説。厳密にいえばミステリではないが、殺人者の不可解な動機の深層を探ることが大きなテーマとしてある。何故殺したのかを明確に述べることはないが、徐々に極めて性的な動因によるものであることが明らかとなっていく。己の狂気を覚るラストシーンには戦慄せざるを得ない。
評価 ★★★