海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「湖中の女」レイモンド・チャンドラー

1943年発表だが、いささかも古臭さを感じさせない。 本作は、ファンが泣いて喜ぶ名台詞も、マーロウ自身のロマンスも、魅力溢れる脇役やシビれるシーンも、チャンドラーマニアからの人気もあまりなく、いうならば地味な作品に位置する。けれども、警察権力に傷め付けられながらもストイックに謎を追うマーロウの姿は、ストレートな私立探偵小説の基礎となるスタイルを幾つも提示しており、読まずにおくのは勿体無い。マーロウの冷徹な視点を通した登場人物たちの造形と、湖畔などの自然や様々な情景での描写力はハードボイルドならずとも、秀れた小説技巧の手本となるべきものだ。すでに完成されていたスタイルはさらに磨き上げられており、硬質な清水俊二の翻訳によって輝きを増す。 情感を抑えた狂言回しとしてのマーロウ。物語的にも、後のロス・マクドナルドを想起させる。

評価 ★★★★

 

湖中の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

湖中の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)