海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「地を穿つ魔」ブライアン・ラムレイ

天才エドガー・アラン・ポーとは異なる次元で、幻想文学の礎を築いた奇才H・P・ラヴクラフト。稀有なその創造力が生み出した虚構の体系「クトゥルフ神話」(クトゥルー)の世界観は、独自の魅力に満ち、「素材」としての汎用性も高いため、優劣に関わらず今現在も数多の模倣者を生んでいる。
一時期から日本でも「伝奇ホラー」という名称で浸透しマニアックな読者を掴んでいるのだが、その大半は粗悪な模造に過ぎず、未知のモノに対する人間の根源的恐怖を描く幻想文学の神髄からは随分と掛け離れた作品も多い。単なる妖怪退治と同様の漫画的ヒーロー小説が、「原点」となるラヴクラフトの世界に通じているとはいえないが、異形の文学に惚れ込んだオーガスト・ダーレスらの助力によって、曲がりなりにも数多の現代作家へと継承され、「原典」へと遡る機会を与えていることは間違いない。

「地を穿つ魔」は、経歴的にも本流に近いとされている英国の小説家ブライアン・ラムレイが、1975年にスタートした「タイタス・クロウ・サーガ」の第1弾。主人公を邪神と対決する霊能力者として設定し、一種の英雄談ともなっているようだが、本作を読む限りでは中途半端な印象だ。軸は当然ながら「クトゥルフ神話」に基づくもので、復活の兆しを見せる邪神らが西欧の地中深くから姿を現すのだが、手記などの伝聞を主体とする構成により緊張感と迫力に欠ける。
恐らくまだ序章に過ぎないのだろうが、主人公らが事情に通じているらしい素振りは見せるものの、その「特殊能力」を使って闘うことはなく、征伐隊として立ち上がった何らかの組織がどこか遠くで戦闘を繰り広げているといった展開が続き、肝心のタイタス・クロウの存在意義がさっぱり伝わってこない。さらに、実体化した「邪神」らと人間が闘うという設定そのものに無理があると述べれば元も子もないのだが、「創世記」に誕生した化身らは、いとも簡単に生身の人間によって打ち砕かれていくのである。一端は闇の中へと放り込まれたという「邪神」らは、いったい地上で何をしたかったのだろうか。

下手にリアリティを出そうとするよりも、極端に劇画調で創り上げた方が断然面白い物語になるだろう。娯楽小説に徹し「クトゥルフ神話」を積極的に組み込んでいる F・ポール・ウィルスンはその好例であり、エッセンスを生かし切っている。

評価 ★★