海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「海外ミステリ専門誌」という呪縛

早川書房「ミステリマガジン」が〝海外ミステリの情報も掲載〟する定期刊行誌と成り果ててから久しい。

1956年創刊の前身「E Q M M」時代から、海外の優れた作家たちをいち早く紹介し、珠玉の短編や刺激的な評論で推理/探偵小説の魅力を伝え、多くの海外ミステリファンを育てた功績は大きい。毎号にわたる硬派な企画も充実し、常に読者を先導していた。デザインもモダンで洗練されていた。まさに文字通り孤高の「高級海外ミステリ専門誌」だった。だが、今その姿はない。恐らくは出版不況の中で編集方針/路線の変更を余儀なくされ、より幅広い読者に訴求できるコミックやゲーム、映画やテレビドラマなどのサブカル的要素に力を入れ始めた。最近では日本人作家の作品で、誌面のほとんどが埋め尽くされている。しかし、同様のものは他誌に腐るほど載っており、敢えて本誌を読む必要はない。そもそも現在の私みたいな海外ミステリ一辺倒にとっては興味すら湧かない。昔からのコアな読者が離れてしまうことは、当然想定内だろうが。

先日、最新号告知で冒険小説を特集すると知り、淡い期待を抱いて久々に書店で手にした。ひと通り目を通して溜め息をつき、購入を躊躇う。批評家や翻訳家らが過去のブームを語っているのだが、総じて内容が薄い。特集といっても、懐古的エッセイの中で特定の作家と作品を並べているだけで、独自に編集した企画が無い。冒険小説の魅力がさっぱり伝わらない。心が躍らないのだ。

冒頭に見開きカラーでマーク・グリーニーの新刊を宣伝しているように、今号の特集は、早川書房北上次郎いち推しの作家を売り込むための〝付録〟に過ぎない。しかも、肝心のグリーニーの新作が、トム・クランシーのテクノスリラーの単なる焼き直しなのだがら、脱力する以外にない。そもそも〝師匠〟のクランシー作品は冒険のロマンなど皆無で、軍事オタク向けのシミュレーション小説の書き手でしかない。私自身は暗殺者グレイマンシリーズ第二作目でグリーニーを見限ったが、この作家を冒険小説の新時代を担う逸材とは微塵も思わない。同じく暗殺者を主人公とするヴィクターシリーズのトム・ウッドの方が実力は明らかに上なのだが、売れないためか第三作以降翻訳する兆しすらない。
今号の〝おまけ〟のようなエッセイでは、書評家らは数多の偉大な冒険小説作家らをダイジェスト的な紹介であっさりと済ませ、グリーニー讃歌で貴重な誌面を埋めている。もし、冒険小説の新時代到来を望むのであれば、もっと他に語るべき作家がいるのではないか。この執筆者らの露骨なまでの〝大人の事情〟には、怒りさえ覚えた。70〜80年代に「冒険小説の時代」と呼ぶに相応しい隆盛期があったことは私も体感しているが、今後も同じようなブームがこの作家を起爆剤として到来するとはとても思えない。つまり、グリーニーを新たな旗手とする風潮を作り出そうとする強引な試みを見る限りは。

唯一読み応えがある重鎮オットー・ペンズラーのクライム・コラムを熟読して気を沈める。以前は教本ともいえる存在だった本誌を、いまだに海外ミステリ専門誌として捉えている私が誤っているのかもしれない。たぶん、編集部は読者開拓のために悪戦苦闘し、その結果としての〝ホームズ尽くし〟なのだろう。私自身が過去に呪縛されており、旧態依然の一読者の身勝手なこだわりなど、発行元の早川書房としてはいい迷惑だろう。

例え隔月刊になろうと、休刊せずに発行を続ける底力には頭が下がる。さらにいえば、冒険小説という死につつあるジャンルを再び盛り上げようという姿勢も心強い。本稿は「だからこそ」という私なりの捻くれたエールでもあるのだが……。宝物のような「ミステリマガジン」を並べた書棚を眺めつつ、その再生を日々願う。

 

ミステリマガジン 2020年 07 月号 [雑誌]

ミステリマガジン 2020年 07 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/06/25
  • メディア: 雑誌