海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「深層海流」リドリー・ピアスン

1988年発表、米国の実力派作家ピアスンによる警察小説の力作。主人公は殺人課部長刑事ルー・ボールト。僅かな手掛かりを掘り起こし、検証/実証して犯人像を絞り込み、浮かび上がる痕跡を追う。その極めて実直な捜査法を抑制の効いた筆致で丹念に描いている。地味ながらもプロットは練られており、ボールトをはじめとする刑事群像も鮮やかで、飽きさせない。

シアトル湖岸一帯の限られたエリアで独身女性のみを狙った連続殺人が発生。絞殺後に胸を十字に切り裂く異常なパターンを持つことから「十字架殺人」と呼ばれていた。8人目の犠牲者が出た後、ようやく被疑者逮捕となるが、その男は裁判中に被害者家族の一人によって射殺されてしまう。殺人は途絶え、事件は解決したかのように見えたが、ボールトは疑念を抱いていた。悪い予感は適中し、同じ手口による新たな殺人が起きる。しかも同時期、真犯人とは別の者によって「十字架殺人」を模倣した犠牲者が出る。模倣犯は、証拠を残さない狡猾さも備えていた。一向に解決しない猟奇殺人に震え上がる市民。貴重な情報は警察内の何者かによってマスコミにリークされ、捜査は行き詰まる。

殺人者は二人。しかも模倣犯は、明らかに警察内部にいた。ボールトは、殺人者の眼となって状況を再現する心理的側面と、複数の殺害現場から矛盾点と被害者らを結び付ける接点を見出す物理的/科学的側面の両面からアプローチする。
殺された9人目の殺害現場を丹念に捜査した結果、向かいに住む少年が犯行の様子を目撃していたことを掴む。最初は頑なに拒否していた少年の心をようやく開かせたボールトは、真犯人に繋がる大きな糸口を手にした。だが、またしても内部情報は漏れ、特定された少年が殺人者に拉致される。父母は惨殺され、胸には血の十字が刻まれていた。憤怒の念に駆られ、少年の行方を探すボールト。胸を突き刺すような傷みを伴う後悔は、事件とは別となる己自身の悔恨にも根差していた。

冒頭で子どもを見詰める主人公の心境を描写するさり気ないシーンがあり、どのような伏線なのか気になっていた。後に、子どもを望んでいた妻にボールトが中絶を強要していた過去があったことが分かる。事件に巻き込まれた少年に対するぎこちなくも愛情に満ちた接し方や、導入部での複雑な眼差しは、荒んだ中年の刑事が自覚無き「父性」に目覚め始めていたことを表しているのだろう。
無常にも奪われていく生命。その罪の重さを、子を失った妻の無念に重ね合わせ、ボールトはようやく自戒するのである。不条理な暴力によって「愛する者」を奪われる悲痛が、より深く印象付けられる巧みなエピソードといえる。終盤でボールトが流す涙が心に響く理由もそこにある。

評価 ★★★★

 

深層海流 (新潮文庫)

深層海流 (新潮文庫)