海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「拷問と暗殺」デイヴィッド・L・リンジー

1986年発表、ヒューストン市警殺人課刑事スチュアート・ヘイドンシリーズ第三弾。フォーマットは警察小説だが、これまでよりも主題を拡げ、政治色を強めている。

白昼堂々ヒューストンの路上で、メキシコ人の事業家ガンボアを狙った暗殺未遂事件が起きる。暗殺者はメキシコ/グワダハラを拠点とする極右組織〈テコス〉の一員だった。その目的は、政治腐敗の元凶となっている悪徳政治家や特権階級の者どもを抹殺すること。国家の裏切り者であるガンボアらは、政府のカネを横領して米国へと逃亡、都市開発に乗じた土地売買でさらに私腹を肥やしていた。だが、一方のガンボアは、残忍さでは引けを取らない私設警備隊を従えていた。その顧問ネグレテは、暗殺計画の詳細を得るため、〈テコス〉の下っ端を拉致して拷問する。ヒューストンを舞台に激化するメキシコ人らの血塗れの抗争。ヘイドンは拷問殺人を発端とする「拷問と暗殺」事件の渦中へと一気に呑み込まれていく。

リンジーの特色でもある重厚な筆致はさらに磨きが掛かっており、もともと強い文学志向を持っていた作家であることを窺わせる。前作「殺しのVTR」では、猟奇的殺人事件に没入するヘイドンの心理状態は限界にまで達し、狂気さえ漂わせていたが、本作では精神的な危うさは消えている。しかし、序盤早々でヘイドンが信頼を寄せる同僚刑事を殺されことで、憤怒の念に駆られた私闘は激しく、正義を為すことへの信念はより深まっている。単独捜査を軸に、狂信者らへと一歩一歩近付くヘイドンには鬼気迫るものがあるのだが、それはリンジーの人物造形、情景描写が優れているからに他ならない。不屈の闘志を燃やす刑事。これだけで、読む価値がある。メキシコを蝕む腐り切った政治の実態を事実に基づき抉り出した意義も大きく、かの国の人々がどこまでも愚弄され、悲惨な状況下に生きているかを訴えかけてくる。

評価 ★★★★

拷問と暗殺―ヒューストン連続殺人 (新潮文庫)

拷問と暗殺―ヒューストン連続殺人 (新潮文庫)