海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ハマースミスのうじ虫」ウィリアム・モール

長らくの絶版で「幻の名作」と喧伝された1955年発表の犯罪小説。一風変わった予測不能の展開は新鮮な面もあるが、今読めばやはり全体的に古い。
証拠を残さずに恐喝を繰り返す男バゴットに憤慨した素人探偵デューカーが、独自に調査し、罠に掛け、自滅する間際まで追い詰めていくという展開だが、筆致と構成が凡庸なために緊張感に乏しい。
登場人物らの造形も深みと魅力に欠ける。己の能力や価値を認めない社会に対して不満を持ち、成り上がることだけを生き甲斐とする劣等感剥き出しの小物バゴット。その通俗的な動因同様、犯罪のスケールも驚くほど小さいのだが、余りにも脆弱故に証拠隠滅を図って最終的には殺人に至る。

実は、私が最後まで解せなかったのは「正義」の側にこそある。人殺しとなる以前の単なる脅迫者の段階で、バゴットを〝悪魔〟のように憎悪する主人公や警察官らの正義感/動機の真意が全く分からないため、物語がさっぱり面白くならない。どう読んでも、人の弱みに突け込んでカネを巻き上げるしか能がないバゴットよりも、ケチな犯罪者の尻を追い掛ける〝高尚な趣味〟を持つ暇人デューカーの執着心の方が「恐ろしい」と感じてしまうのである。恐喝を受けた者らは、多少なりの負い目があるため、理不尽にもカネで解決できたことに一安心していた。だが、或る日突然お節介な探偵もどきが脅されたネタを根掘り葉掘り聞き出し、二次的被害を被る。現代でいえば、人の不幸を売り物にするマスコミの役割に近い。
いわば、悪人と対決するヒーローに憧れる〝素人〟の身勝手な正義感に辟易したと言えばいいだろうか。終盤に至っては単なる嗜虐で、「正義」は成されたと悦に浸る素人探偵の横暴さこそ「うじ虫」の如き卑しさを内包していると感じてしまうほどだった。
「全編に漲る緊迫感と深い余韻」という謳い文句に共感できる点は何一つ無いが、変わりダネの作品であることは間違いない。

評価 ★

 

ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)

ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)