海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「テロルの嵐」ゴードン・スティーヴンズ

原題は「Peace on Earth(地に平和を)」。無辜の人々の犠牲と引き換えに主義主張を押し通すテロリズムに、些少な「大義」はあったとしても、「正義」を掲げる資格など微塵も無い。だが、テロリストが生み出される根底には、虐げられ、追いつめられ、殺されてきた側の「抗い」が、捩れた形とはいえ表出されていることも事実だ。愚昧なる国家間の覇権争い、虚妄に過ぎない神話と救済を論拠とする宗教的対立、支配者が敵を排除し被支配者の服従を完遂するために植え付ける民族的遺恨、さらには利己的な特権階級による収奪と搾取。時の権力者への対抗/報復を為す手段としてのテロは、結果的に敵対者の暴力と同等の恐怖と喪失を双方に与え、ゼロ地点へと引き戻す。破壊と混沌が「平和」に繋がる筈はなく、新たな報復の連鎖によって地上はさらに蹂躙されていく。中でも、本作が扱うイスラエルパレスチナ紛争は、今現在もテロの火種となり無惨な悲劇が繰り返されている。「地に平和を」の願いは依然として叶えられてはいない。

パレスチナ解放機構PLO)から分離した過激派指導者とアラブ産油国首長が、将来的な傀儡として見込んだイギリスの政治家と結託して謀略をめぐらす。ヨーロッパのテロ組織を結集させての要人暗殺、囚人のハンスト、そして仕上げとして最も強烈なインパクトを与えるハイジャック。数多くの登場人物が入り乱れ、ドキュメント・タッチで物語は進行する。過激派の工作員ワリド・ハダド、対するSAS特殊部隊のエンダーソン、ロシアからイスラエルを目指すもテロの渦中へと巻き込まれていくユダヤ人一家。中でも、己を使い捨ての駒として割り切り、困難な任務に赴く冷徹な頭脳と行動力を持ったパレスチナ人・ハダドの造型は深い。揺るぎない信念で非情なテロを実行するハダドは、一方で無差別な殺戮を拒み、さらに子どもたちの死だけは防ごうとする。ハダドの内面が描かれることは無いが、時は違えども失われた同郷へと帰ることを望む人々に対する抑えがたい共感を、この孤独なテロリストが示すことによって、「地に平和を」という祈りがより一層重みを増すのである。

決して読みやすい内容ではないが、無常なるテロリズムを真正面から扱った作品として評価したい。

評価 ★★★★☆

 

テロルの嵐〈上〉 (角川文庫)

テロルの嵐〈上〉 (角川文庫)

 

 

 

テロルの嵐〈下〉 (角川文庫)

テロルの嵐〈下〉 (角川文庫)