海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2016-01-01から1年間の記事一覧

「ブラック・ハート」マイクル・コナリー

ハリー・ボッシュシリーズ第3作。前作までの荒々しさが消え、プロットはより練り込まれ、洗練されている。三人称でありながら主人公に視点をしっかりと据え、その行動を通してしか物語が進行しない。このシリーズがハードボイルドたる所以の一つであり、ミ…

「友よ、戦いの果てに」ジェイムズ・クラムリー

唖然とするほどの駄作である。 クラムリーの「不幸」とは、初期作品で過分な評価を受け、一気に神格化されてしまったことにある。ハードボイルド小説としては異端のはずのクラムリーが正統派として売り出されるほどに、出版界はチャンドラーの後継者探しに躍…

「致命傷」スティーヴン・グリーンリーフ

1979年発表の私立探偵ジョン・マーシャル・タナーシリーズ第1作。実直で正義感に溢れる男のストレートなハードボイルドとして、安定した実力と高い人気を誇る。初登場となる本作では、消費者運動の指導者としてヒーローとなったローランドの家族を巡る20年越…

「偽りの楽園」トム・ロブ・スミス

敢えて「結論」から述べれば、実験的な構成が裏目に出た凡作である。 傑作レオ・デミドフシリーズの超ド級スリラー路線に一旦区切りを付けたトム・ロブ・スミスが新境地を開いたと評される最新作であり、いやが上にも期待は高まったのだが、中盤まで読み進め…

「ストレートタイム」エドワード・バンカー

元犯罪者バンカーが服役中に執筆し、出版後は高い評価を得たという曰くつきのクライムノベル。 自らの過去を基にしていることもあり、仮釈放から再び犯罪に手を染めるまでをリアリティ溢れる展開で読ませるが、やや気負い過ぎてテンポが失われているのが残念…

「スティンガー」ロバート・R・マキャモン

発表時、キングやクーンツを継ぐ「第三の男」と呼ばれたマキャモンによるSF+モダンホラー。異星人の乗った宇宙船がアメリカの片田舎に相次いで飛来する。一体は、逃亡を図った囚人。もう一方は、賞金稼ぎのハンター。この二体のエイリアンの出現によって、…

「わが名はレッド」シェイマス・スミス

何とも陰惨なストーリーだ。主人公レッド・ドックはアイルランドの孤児院で育つが、過酷な状況下で双子のショーンは死亡。レッドは二人を無残にも見捨て陥れた者たちに対して報復を誓う。やがて犯罪組織のブレーンにまで上り詰めていくレッド。その間にも着…

「死体置場で会おう」ロス・マクドナルド

1953年発表の第9作。執行猶予中の犯罪者を監督する地方監察官ハワード・クロスを主人公とする。前に「象牙色の嘲笑」、後に「犠牲者は誰だ」とアーチャーシリーズに挟まれたこの作品は、ロス・マクが今後の方向性を模索していた時期にあたる。クロスは体制側…

「武器の道」エリック・アンブラー

次作の「真昼の翳」でもそうなのだが、導入部ではシリアスなスパイ・スリラーと見せ掛けつつ、〝曲者〟作家アンブラ―はストレートな展開をとらずに読者を翻弄する。1959年発表でCWA賞も受賞した本作は、革命家が暗躍するインドネシアを舞台に武器密輸を題材…

「恐怖工作班」フレデリック・ダール

私がまだミステリ初心者であった頃、題名にひかれて読んだ一冊が、フレデリック・ダールの「甦える旋律」だった。読了後は、感動のあまりしばし茫然としたほどの名作で、それ以降ダール・ファンとなったのだが、これもフランス作家の宿命か、なかなか翻訳さ…

「敵手」ディック・フランシス

作品毎に設定は変えつつも、ディック・フランシスの描くヒーロー像は共通している。己の信条に忠実で、誇り高く、不屈である。それは「偉大なるマンネリズム」ともいえる程で、何らかの形で競馬に関わるプロットに趣向を凝らしてはいるのだが、逆境に立たさ…

「樽」F・W・クロフツ

クロフツ1920年発表の処女作にして代表作。推理小説の古典であり、愛好家必読の一冊でもあるのだが、肩肘張ることなく今でも充分に楽しめる。ストーリーは、殺人事件の発生からドキュメントタッチで展開し、実直な警察官と私立探偵の地道な捜査によって、ひ…

「カロライナの殺人者」デイヴィッド・スタウト

アメリカの奴隷制存続の是非を問う南北戦争が北軍の勝利によって終結したのは1865年。だが、以降も南部を中心に黒人(無論、先住民やアジア人など含む例外無き有色人種)への差別は色濃く残り、本作品のモチーフとなった事件が起こった1944年も依然として白…

「デコイの男」リチャード・ホイト

シアトルの私立探偵ジョン・デンスンシリーズ第1作。発表は1980年で、出版された当時は、オフビートな展開のハードボイルドとして話題になった。 テンポの早い軽快なスタイルで読ませるが、文章に味がないのが痛い。主人公を含めた登場人物らが様々な状況の…

「フリッカー、あるいは映画の魔」

高い評価を得ている作品だが、さほど映画の世界に思い入れのない私にとっては困った代物だった。 本筋を単純化して述べれば、草創期のサイレントから70年代サブカルの隆盛期まで、退廃的ホラーの制作に、十字軍の時代から迫害され続けてきたキリスト教のカル…

「技師クズネツォフの過去」ジェームス・O・ ジャクソン

声高に理不尽なこの世の無惨さを叫けぶ訳でもなく、派手な諜報戦とは無縁の片隅で人知れず滅びてゆくスパイ。愛する者のために祖国を裏切り、ささやかな人生のやり直しをひたむきに望むものの、不条理な運命の歯車が回り、孤独の闇の中で朽ち果てていく名も…

「凍った街」エド・マクベイン

馴染みの刑事部屋に入り、ガサツでありながらも心優しい刑事たちに再会する。スティーブ・キャレラ、マイヤー・マイヤー、バート・クリング、ミスコロ、バーンズ……1956年発表の「警官嫌い」以降、2005年「最後の旋律」まで全56作。マクベインの死によって惜…

「顔のないポートレート」ウィリアム・ベイヤー

傑作「すげ替えられた首」以来のベイヤーファンだが、本作はいささか気合いが入り過ぎたか、逆に力が抜け過ぎたのか、出来は良くない。全体的な雰囲気はフィルム・ノワールへのオマージュといった感じだが、弛緩したプロットと類型的な人物設定により、ミス…

「眼下の敵」D・A・レイナー

1943年の大西洋を舞台に、ドイツ潜水艦とイギリス駆逐艦との一対一の闘いを描いた有名な戦争小説の一つだが、期待が大きすぎたのか肩透かしを食らう。「相手の手の内を読み、裏をかく」という、一歩間違えれば「死」の駆け引きが展開されていくのだが、どこ…

「悪の断面」ニコラス・ブレイク

近年、旧作の翻訳出版が続き、再評価されているニコラス・ブレイク1964年発表作。 イギリスの物理学者ラグビーの娘を誘拐し、解放する条件として軍事機密を要求する共産主義者のグループ。決行は、年末の休暇でラグビー一家が片田舎を訪れる旅館滞在時。主犯…

「ドクター・ノオ」イアン フレミング

ジェイムズ・ボンドシリーズ第6作。ジャマイカ近辺の孤島で怪しげな動きをする謎の人物ノウ博士の企みを探るべくボンドが派遣される。現地工作員の助けを借りて孤島に辿り着くと、金になる貝を採取中の女と出会うのだが、これが特にプロットに必要あるとは…

「眠りなき狙撃者」ジャン=パトリック・マンシェット

ロマン・ノワールの神髄に触れることができるマンシェット1981年発表の遺作。最後の仕事を終え、引退を決意した殺し屋を阻む闇の組織との無情なる闘い。徹底した客観描写で情景を描き切る真にハードボイルドな文体を、フランス文学者・中条省平の気合いの入…

「天使と悪魔」ダン・ブラウン

読者を徹底的に楽しませることに主眼を置いた傑作エンターテイメント小説。冒頭の1ページ目を読み始めたら、最後まで一気読みは必至である。映画もヒットしているが、バチカンとローマの名所を巡りつつ展開する物語は極めて映像的で、観光ガイドとして活用…

「スティック」エルモア・レナード

レナードが爆発的人気を博す直前の1983発表作。綿密なプロットよりも、イキのいい会話を主体に小悪党どもを筆の赴くままに描いており、小気味よい作風が本作ではより強められた感じだ。麻薬と金を巡る登場人物らの言動は極めて不真面目でいい加減なのだが、…

「娼婦の時」ジョルジュ・シムノン

冒頭数ページの情景描写は、ひたすらに美しい。パリ郊外。氷雨の降り続く闇を切り裂き疾走する車。放心した状態でハンドルを握る若い男。しばらく田舎道を走り続けた車は山中で故障し、男はやがて古い宿に辿り着く。酒を飲んだ後、男は電話を借りて警察を呼…

「この世の果て」クレイグ・ホールデン

様々なエピソードを積み重ねながらも全体的にまとまりがなく、テーマも絞り切れていないため、読後感はすっきりしない。やたらと多い登場人物と、ぶつ切りの場面転換のため、前後の状況が混乱する。それは多分に日本語として熟されていない翻訳の所為でもあ…

「ゴーン・ガール」ギリアン・フリン

間抜けな男を翻弄する悪女を描いた作品と単純化すれば身も蓋も無いが、ひたすらに構成の巧さに唸る秀作だ。早くも倦怠期を迎えた若い夫婦、夫は独白、妻は日記という交互の視点で語っていく。発端で既に妻は失踪し、その日記は過去のエピソードから始まって…

「闇の報復」F・ポール・ウィルスン

「ナイトワールド・サイクル」全6部作の第5部。光と闇による凄まじい闘いが展開する最終作へと向けて、これで全ての「役者」が出揃ったことになる。前作で復活を遂げた魔人ラサロムが、再び強大な力を取り戻すまでを描いており、神父ビル・ライアンを主人公…

「反撃」リー・チャイルド

元軍人ジャック・リーチャーシリーズ第2弾。本作から三人称としたのは、よりダイナミックなストーリー展開に軸足を移そうとした結果なのであろう。ずば抜けた智力と戦闘能力を併せ持つリーチャーの超人的活躍は、第1作「キリング・フロアー」から引き継が…

「テキサス・ナイトランナーズ」ジョー・R.ランズデール

ノワールの萌芽を文体から感じることはできるが、狂気に蝕まれた少年たちの殺戮を描くことに終始し、意味あり気な構成をとりながらも、雰囲気重視の空虚なプロットのため、後味の悪いホラー映画に影響を受けた作品という感想しかない。解説を書いている馳星…