海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「白の迷路」ジェイムズ・トンプソン

ジェイムズ・トンプソンの地鳴りのような怒りに打ち震える2012年発表のカリ・ヴァーラシリーズ第三作。ノワールという小説の枠を突き破り、フィンランド黒書ともいうべき苛烈な批判の書として、更なる深化を遂げている。

「物語の先に」と題されたトンプソンのあとがきを読めば、昏い時代の到来を予測させる不穏な事件の連なりを、見事に解読/咀嚼して作品中に取り込んでいることが解る。移民問題とは名ばかりのレイシズムが吹き荒れる国家の無様な社会情勢を、異邦人として冷徹に見据えるトンプソンの優れた知性が際立つ。シリーズものしては異例の転換を図った訳は、はっきりと物語の中に示されており、単なる娯楽小説の創作では成しえない力強いメッセージ性を内包させている。

人身売買や麻薬の撲滅という美辞麗句を並べる裏で、マフィアなどから強奪した金を己の懐へ捩込む似非権力者。その下でまやかしの大義に疑問を抱きながらも表面的には付き従い、警察機構の特殊部隊を率いるヴァーラ。脳腫瘍手術の後遺症で妻や子どもへの愛情さえ失い、感情無き執行者ともいうべき悪徳警官と化したヴァーラは、一方で陰惨な人種差別に絡む殺人事件の真相を追う。だが、その先に破滅が待っていることを悟るヴァーラは、正義の完遂よりも、まず保身としての隠密工作を優先する。前二作と同様、一切を破壊して終焉するクライマックスは、暗黒小説の極北であろう。

時に理想国家として憧憬の対象となるフィンランドが抱える闇を、トンプソンは容赦無く照射する。腐敗した一握りの権力者、圧倒的多数を占める無為なる大衆。困窮する生活の要因を移民政策に求めた果てに、自ずと姿を現す人種差別主義。それを平然と煽り台頭する極右政党。退廃は人心を歪め、犯罪は横行する。行く先にあるのは、殺し合いが当たり前の世界。つまりは、過去に世界中で惨禍をもたらした過ちであり、それを繰り返そうとするフィンランドをトンプソンは憂うのではなく、激烈なる警告を発しているのである。

すでに北欧のミステリという範疇では語れないヴァーラシリーズ。残されたのは、第四作「血の極点」のみ。返す返すトンプソンの早すぎる死が悔しい。

評価 ★★★★★

 

白の迷路 (集英社文庫)

白の迷路 (集英社文庫)