海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「魔の帆走」サム・ルウェリン

「海のディック・フランシス」の謳い文句が付いた1987年発表の海洋冒険小説
舞台は、イギリス沿岸部でヨットスポーツの拠点として開発が進む街。主人公は、ヨット設計技師チャーリー・アガッター。間もなく大西洋上でビッグレースが開催される予定だったが、アガッターが設計した画期的な新型舵を搭載したヨットの事故が相次ぐ。アガッターの弟も、その犠牲となった。富豪の客や造船所からの設計依頼は次々と途絶え、金銭的にも追い込まれていく。何らかの陰謀があると確信した男は、ヨットレースに出場することで信頼を取り戻し、同時に犯人を突き止める計画を練る。だが、事は思うように運ばず、さらなる窮地へと追い詰められた。

本作の読みどころは、当然のこと臨場感溢れる洋上のレースだ。専門用語を多用するが、状況を簡潔に描写しており、門外でも充分に楽しめる。一瞬の判断/選択が決める勝敗。ライバルとの駆け引き、クルーとの連携、風をどう読み、生かすか。ヨットは肉体だけでなく、かなり頭を使うスポーツであることを実感できる。主人公の設定は、まさにフランシスそのもの(作者が意識しているかは不明)で、数多の試練を不屈の闘志で乗り越えていくというパターンを踏襲している。ただ、プロットが弱いのは否めない。さらに登場人物が多過ぎて造型も浅い。デビュー作という気負いもあるのだろうが、あれもこれもと盛り込みすぎて整理仕切れていない。もっと人物を絞り込み、肝心のレースシーンのボリュームを増やせば、完成度が上がったと感じた。海を疾走する爽快感溢れる情景が抜群なだけに惜しい作品だ。

評価 ★★☆☆

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