海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「裏切りの街」ポール・ケイン

1933年発表のポール・ケイン唯一の長編。ハードボイルドの隠れた名作であり、古典であるばかりでなく、犯罪小説としてもノワールの先駆としても重要な作品である。冷徹でタフな主人公の格好良さ、複数の犯罪組織と腐敗した市政を内部からぶち壊していく骨太なプロット、ハメットを凌駕する客観描写(カメラ・アイ)による「超ハードボイルド(チャンドラー評)」な文体、ボルテージが頂点に達した後、唐突に訪れる哀切感漂う終幕。とにかくスタイリッシュで痺れまくる。ハードボイルド小説が量産された時代に、脚光を浴びることもなく埋もれてしまった幻の作品だが、燻し銀のような輝きを今も放ち続けている。
ロサンジェルスを舞台に、台頭するギャング組織らの抗争、賄賂と汚職で腐り切った政治屋、両者の下僕と同然の警察幹部などが縄張りを巡り、血で血を洗う権力闘争を繰り広げる。卑しい街に流れ着いた前科者ジェリー・ケルズは、一部組織と不即不離で既に名を上げていたが、激化する抗争の中で捨て駒とされる。誰が味方で誰が敵か判然としないままケルズは苦境を逆手に取り、巨大組織のボスらを相手に反撃に乗り出す。ギャングの用心棒らを自らの陣営に取り込みつつ裏切り者を排除、偽装の成り上がりで敵を翻弄する。渇いた文体から滲み出る情感はハードボイルドの真髄であり、ケルズの心情の揺れを客観描写のみで伝えるポール・ケインは見事と言う他ない。

全てを破壊し尽くした先に待ち受ける「破滅」の時。その死にざまは、熱く、静謐で、感傷的だ。
評価 ★★★★★☆☆

 

 裏切りの街 (河出文庫)