海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「獅子とともに横たわれ」ケン・フォレット

稀代のストーリーテラー、フォレット1985年発表作。
舞台は1982年のアフガニスタン。3年前に軍事侵攻したソ連イスラム原理主義を掲げるゲリラの戦いは膠着状態にあった。米国は対共産主義の戦略的要衝としてアフガンを重視。ソ連に対抗するためには、散発的で効果が薄いゲリラ戦に終始する部族/各派を統一する必要があった。必然、統率者は現地人でなければならない。白羽の矢が立ったのは、「パンジシールの獅子」と呼ばれた英雄マスード。この男をリーダーとする共同戦線を作り上げるため、CIAは敏腕工作員テイラーを派遣する。
最先端の武器弾薬提供を餌に、マスードとの交渉に向かったテイラーには、実は別の目的もあった。パリで愛した女との再会。今は人妻となった看護師ジェーンは、無料奉仕の医師団に所属する夫ジャン=ピエールとともに現地にいた。テイラーとは過去に愛人関係にあったが、フランスでのテロ組織を炙り出す作戦完遂後に別れた。反体制派と密接に関わっていたジェーンは、テイラーを裏切り者と捉えたのだった。
だが、彼女はジャン=ピエールにも秘密があることを知らなかった。彼は筋金入りの共産主義者で、KGBのスパイとしてゲリラの動向を探っていたのだった。旧知のテイラーがアフガニスタンに来た理由は明白で、ジャン=ピエールはソ連に情報を伝えるべく独自に動く。かくして、二人の男と一人の女は、絡み合う愛憎と信念を抱えつつ、硝煙のただ中へと身を投じていく。

フォレットは〝恋と冒険を通して成長する女性〟を好んで描く。時に脱線しかねないほど力を注ぐため、「冒険小説界のハーレクイン」という、誉めているのか、貶しているのかよく分からないレッテルを貼られてしまう。あながち外れていないとはいえ、その根幹には激動の時代を駆け抜けた者たちの熱いロマンが息づいており、単純にロマンス過多の甘ったるい作家として片付けられるほど浅くはない。特に、スパイ/冒険小説の新鋭として脚光を浴びた傑作「針の眼」(1978)や、劇的な顛末で感涙必須の名作「ペテルブルグから来た男」(1991)、そしてライフワークと言っていい大河小説「大聖堂」(1988~)シリーズなどで展開する波瀾万丈のドラマは、ジャンル不問で読み手を魅了する。
だが、本作に関しては、あまりにも〝恋と冒険〟に比重を置き過ぎて、全体的なバランスを崩していると感じた。本筋がシンプルなだけに、良くも悪くもフォレットの特質が過剰に出てしまっている。堂々と主役を張るジェーンは、敵同士である二人の男に裏切られた果てに、動乱の地に立ち、自らが信じる道を選択して行動する。運命に飜弄されながらも逆境を乗り越えていくタフな女の生き方こそが主旋律となり、クライマックスが近付くほどに強まっていく。けれども、それは門外が聴くオペラのように、どうにも馴染めないものだった。序盤でのスケール感が急速に弱まり、いつのまにか恋愛ドラマに変転している違和感。ロマンチックな〝危険な愛〟に焦点を当てる「ハーレクイン物」と割り切れば問題はないだろうが、延々と男女の絡みシーンを読まされては、溜め息しか出てこない。

 評価 ★★