海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「大統領専用機行方を断つ」ロバート・J・サーリング

予測不能の展開が強烈なサスペンスを伴い読み手を翻弄する1967年発表作。

 第37代合衆国大統領ジェレミー・ヘインズを乗せた大統領専用機が、静養先のパーム・スプリングスへ向かっていた。時は夜間、航空路は荒れ模様だった。機長は管制塔との交信で、雲上へと回避することを告げる。その直後、機影はレーダーから忽然と消えた。場所はアリゾナ山中。急遽大規模な捜索が始まるが、一帯は険しい山岳地のため困難を極めた。事故か、策謀か。いまだ国民にはケネディ暗殺の記憶は生々しく残っており、国内は騒然となる。

大統領専用機は奥深い渓谷に墜落していた。乗員乗客は全て死亡。爆発炎上による死体損傷が激しく、身元確認は困難を極めた。間もなく判明した不可解な事態に米国政府は慄然とする。大統領の遺体だけが発見できない。側近と共にヘインズが搭乗する姿は多くのマスコミ関係者によって視認されていた。専用機は、墜落するまで一度も着陸していない。さらに混乱する要因があった。身元不明の死体。ちょうど大統領専用室の残骸付近で見つかった。だが、搭乗名簿に記載は無く、どこの誰かも判らない。大統領でなければ、この男はいったい何者なのか。そもそも、大統領はどこに消えてしまったのか。

 読者を引き込む魅惑的な謎をいかに創り出すか。序盤での作家の腕の見せ所だ。当然、アイデアがどれだけ驚天動地のものであろうと、辿り着いた真相が荒唐無稽であれば、駄作の烙印を押されるのは必至だ。いかに違和感なく、しかも予想を遙かに超える解明に導くか。本作は、その稀な成功例のひとつといえる。全編に横溢する濃密なスリル、冒頭で広げた大風呂敷を綺麗に畳み込む謎解きの妙、数多い登場人物を一人も無駄にすることなく造型する技倆。何よりも、大胆且つ切れ味の鋭いプロット。つまり、実に完成度の高い傑作なのである。

物語は、主に二つの視点で展開する。ひとつは、米国政府内部の動き。大統領ヘインズは、不穏な国際情勢の真っ只中で新たな戦争に突入しかねない瀬戸際に立たされていた。台頭する中国の脅威。どう動くか読めないソ連の思惑。核戦争勃発寸前という未曾有の危機。そんな中で、国家の最高責任者の生死が不明なまま、権力欲だけは一人前の凡庸な副大統領が代行する役目を担う。この男が慢心して暴走する結果となるのは明らかだった。

もうひとつは、消えた大統領の謎を独自に探り始めた通信社IPSの動き。事故直前までのヘインズの行動を掘り起こし、事件の内幕に徐々に迫っていく。このパートこそ、本作の読みどころとなる。作者サーリングは元UPI通信社の航空担当記者で、培った経験と専門知識を存分に発揮し、敏腕記者らの生彩溢れる奮闘ぶりをリアリティ豊かに描き出している。彼らは地道に関係者にあたって事実を拾い集め、矛盾に着目し、嘘と真実を見極め、パズルのピースを嵌めていく。前代未聞の大スクープ。それは、徐々に形になり始めていた。

特に主人公を設けていないのだが、怒濤の勢いで進行するストーリーは、時に迫真のドキュメントタッチで緊張感を煽り、時に記者らの仕事に懸ける情熱を活写して物語に厚みを加え、クライマックスまで疾走する。終盤近くまで、消えた大統領の謎が解明されないという構成も凄い。遂に明かされる全貌。その鮮やかな手並み。ミステリの真髄が、ここにある。

評価 ★★★★★