海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「地獄の群衆」ジャック・ヒギンズ

1962年発表作。同年上梓の「復讐者の帰還」はなかなか読ませたが、本作はどう贔屓目に見ても習作どまり。この時期は出来不出来が激しかったようで、気負いが実作に結び付いていない。
娼婦殺しの容疑者に仕立てられた男が刑務所から脱走し真相を追及するというプロットは、構成の粗が目立ち、ストレートに物語が流れない。熟練の土木技師でもある主人公の設定を生かしたシーンはあるが、冒険的要素は少ない。篠突く雨、霧の波止場、荒れ果てた墓地、寂れた酒場。情景や道具立ては、ヒギンズ・ファンには馴染みのものだが、情感を盛り立てるまでには至っていない。全体的には英国風ハードボイルド・タッチで光る面もあるのだが、ヒーロー像を固められずに弛緩しているのは残念だ。
後の傑作群を思えば、これもヒギンズが高見を目指すための修練となる〝冒険〟だったのだろう。
評価 ★★