海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ニューヨーク1954」デイヴィッド・C・テイラー

読み終えて溜め息をつく。満足感ではなく、脱力によって。

1954年、マッカーシズム吹き荒れるアメリカ。ニューヨーク市警の刑事マイケル・キャシディは、ダンサーのイングラム惨殺事件を担当する。男は拷問を受け、自宅は荒らされていた。間もなくFBI局員が捜査に関与。殺人者が探していたモノが何かを知っており、是が非でも手に入れたい様子だった。さらに、CIAも嗅ぎ回り始めた。どうやらイングラムは、或る大物に関わる脅迫行為に及んだことで殺されたらしい。目的を明かさないままプレッシャーを掛ける両局の高慢な目を掠めつつ、キャシディは捜査を続ける。関係者には或る共通項があった。赤狩りと男色。同時期、キャシディの父親が拘束され、強制送還の危機に陥る。ロシアからの移民で、現在は演劇プロデューサーとして名を馳せていたが、根拠ゼロのままソ連のスパイに仕立て上げられた。上院議員マッカーシーの側近コーンは、キャシディに対してつまらぬ遺恨があり、家族を標的としたのだった。やがてキャシディは、イングラムが隠していたネガフィルムを発見。点と点が繋がり、事件の背後から或る人物が浮上する。その真相を取引材料に、キャシディは父親奪還へと動く。

2015年発表作。〝歴史ノワール〟という触れ込みだが、終始緊張感に欠け、構成も緩い。翻訳文庫版は全550頁、残り50頁というところで、本作のネタが明らかとなるのだが、あまりにも安易でリアリティに欠けるため、読み進めることを躊躇ったほどだ。失笑するどころか、よくこんな茶番を物語の軸に置けたな、と呆れた。
題材に赤狩りを選んでいるのは良しとして、プロットは極めて雑で、アイデアは素人並みだ。共産主義ソ連イデオロギーなどの捉え方が表面的で、犯罪の顛末も穴だらけ。FBIやCIAを絡ませた陰謀モドキの展開は、時代背景を考慮しても、捻りのなさが引っ掛かる。作者の視点が歴史の上辺しか見ていないため、結局は〝反共小説〟に落ち着き、刑事が身内を救うために奔走するだけの竜頭蛇尾で終わっている。
また、典型的な水増し小説で、余分なエピソードが多過ぎる。主人公の父親は〝アカ〟の烙印を押されてソ連へと強制送還される羽目となるのだが、米国資本主義の賛美者に成り果てた元ロシア人を、まるで大物スパイの如く連れ去ろうとするソ連の意図も分からない。これを望むのは酷なことだが、愚劣なマッカーシズムについてのラディカルな考証も、社会悪と向き合う骨太な姿勢も、アメリカの暗黒面を照射する鋭い批判精神も、暴力がもたらす罪と罰の考察も、清々しいほどに欠落している。仮にもノワールを謳うのであれば、どれかひとつは欲しいところなのだが。
作者は脚本家として経験を積んでいるらしく、翻訳版の後書きでは、本作を〝映像的〟と評価しているが、漫画やテレビドラマの原作ならば合格点だろうが、このボリュームを引っ張るだけの力量はない。
権力に抗うことよりも、家族を守ることのみを優先する主人公。一貫性のない矛盾だらけのヒロイン。マフィアのコステロFBIのフーヴァーにいたっては、俗物で頓馬な雑魚にしか見えない。ありふれた謀略、ぎこちない活劇シーン。どれをとっても、新鮮味がない。歴史的人物や世相をそれなりに放り込めば、往事のムードが伝わるものでもない。浅く、深みがない。要は、総体的に軽いのである。

作者がノワール/ハードボイルドを意識して創作したかどうかは不明だが、政治腐敗や暗躍するギャング、適度な風俗を混ぜ込み、刑事の私闘をメインに据えれば、ジェイムズ・エルロイの如き暗黒小説が完成する訳ではない。

と、ここまで手前勝手な批判/悪文を書き連ねた上で、他の読者のレビューを数本確認したのだが、またもや真逆となる絶賛の嵐で驚く。この程度の作品に満足できるフレッシュで柔軟な感性が羨ましい。何しろ、天下のMWA最優秀長編賞候補作にして、かのネロ・ウルフ賞受賞作なのだから、権威付けは申し分ないというところか。だが、数多ある「○○賞」対象作品の大半は凡作である、という持論の確信を深めたのも事実。そこで、自信を持って、本作に相応しい最上級となる大甘の星を進呈したい。

評価 ★

 

ニューヨーク1954 (ハヤカワ文庫NV)