海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ハント姉妹殺人事件」クラーク・ハワード

1973年発表作。何とも素っ気ない邦題(原題は「killngs」)だが、警察小説の魅力を存分に堪能できる力作だ。

舞台はロサンゼルス。或るアパートでハント姉妹が惨殺された。二人は一卵性双生児だった。死体は上下逆の向き合った状態で互いの頭と足を結ばれていた。滅多刺しにされた身体から飛び散った血で部屋は地獄の如き有り様だった。第一発見者は、同居人の若い女性看護師。一報を受けて駆け付けたロス市警刑事フェナーとカスケイドは、早速捜査に乗り出す。同居人やアパートの住人、ハント姉妹それぞれの恋人らを探る怨恨の線と、行きずりの異常者による犯行の両面から掘り起こしていくが、膨大な容疑者リストの名は次々と消されていった。突破口が見えない中、悪徳刑事の誘導によって黒人の青年が自白を強要され、逆に事件は錯綜の度を深める。暗中模索する中、フェナーとカスケイドの信念は徐々に揺らいでいく。

とにかく渋く、巧い。この燻し銀の味わいは、人間の描き方が秀れていることに尽きる。全体に流れるムードも心地良く、情景を鮮やかに印象付ける。ディテールを積み重ね、リアリズムを重視したダイナミックな筆致。事件を通して日常が荒んでいく刑事の焦燥と昂揚も情感豊かに描かれており、自然と物語に引き込まれていく。女性の描き方も繊細で、やさぐれた男(刑事)たちを母性的な愛情で包み込むエピソード類が優しく温かい。プロットは実直で、派手さこそないものの、日陰の花の如き美しさを秘めている。
ハワードは翻訳された長編こそ少ないが、短編はミステリ専門誌などで数多く紹介されてきた。ノンフィクションも手掛けており、綿密な取材に基づき物語を構築する腕は確かだ。さらに次の作品へと読み手を誘う吸引力を持っている。まだまだ、ハワードが足りない。

評価 ★★★★