海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2018-01-01から1年間の記事一覧

「ノーブルロード」ピーター・ローダー

1986年発表作。英国女王暗殺を巡るサスペンスで、謳い文句も「フォーサイス以来の大型新人」と威勢はいいが、実力の差は歴然としており、かえってローダーには有り難迷惑だったのではないか。全体的にリアリズムに乏しく、構成力も弱い。プロットは、IRA…

「死角」ビル・プロンジーニ

1980年発表、私立探偵〝名無しのオプ〟シリーズ第6弾。初登場時は、狂的なパルプ・マガジン蒐集家にして、肺癌の恐怖に怯えるヘビースモーカーという設定で、ネオ・ハードボイルドの一角を占めていたが、前作「暴発」で煙草をきっぱりとやめており、探偵自…

「地上90階の強奪」ユージン・イジー

クライムノベルの新鋭として注目されていたイジー1989年発表作。コソ泥、金庫破り、殺し屋、ギャング、警官らが織り成す生き生きとした会話が最大の魅力。重鎮エルモア・レナードからの影響が顕著だが、スマートな軽快さよりも裏稼業の男たちの生き方そのも…

「透明人間の告白」H・F・セイント

1987年発表作。翻訳された当時は大いに話題となり、2005年には「本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30」第1位に選ばれている。今も「名作」として読み継がれているのだが、数多の熟練批評家/作家/読者らの絶賛コメントに、私が共感できることは多くない。着想…

「ボストン・シャドウ」ウィリアム・ランデイ

「ボストンの絞殺魔」を下敷きとする2006年発表のランディ第二作。前作「ボストン、沈黙の街」は重層的なプロットに唸る力作だったが、社会的な視野がさらに深まり、退廃的ノワールのムードも強まっている。本作は、公私ともに犯罪と密接な関わりを持つデイ…

「クリプト・マン」ケネス・ロイス

元盗人ウイリー・スコットを主人公とするシリーズ第6作。翻訳されたのは本作からで、以降三作が紹介されている。主要な人物らのそれまでの経緯が分からないため、なかなか関係性が掴めないのが難。蜘蛛のようにビルの壁面を登り下りできることから、スパイダ…

「傷心の川」ジョン・バカン

心の奥深く、いつまでも波打つ感動をもたらす「最後の、そして最高の冒険小説」。翻訳数は僅かながら、不慮の事故死(1940年2月11日)を遂げた翌年に出版された「傷心の川」がジョン・バカン畢生の名篇であることは間違いない。本作は、厳格さと慈愛を兼ね備…

「蛍」デイヴィッド・マレル

デイヴィッド・マレルが1988年に上梓した極めて私的な作品だが、同業の作家らを中心に多くの反響を呼んだ。愛する息子マットの早すぎる死を、虚構を交えて小説という形で書き記しており、厳密にいえばノンフィクションではないのだが、その重い題材故に深い…

「ゴルゴタの呪いの教会」フランク・デ・フェリータ

フェリータ1984年発表作で、米国片田舎の打ち捨てられた教会を舞台に〝悪魔〟と〝神〟が対峙するオカルトもの。終盤ではバチカン法王も馳せ参じてハルマゲドン的な対決となるのだが、大風呂敷を拡げすぎて尻すぼみの感は否めない。主要人物は3人。超常現象…

「ロセンデール家の嵐」バーナード・コーンウェル

伝統の英国冒険小説の底力に平伏すコーンウェル1994年発表作で、没落した貴族の末裔である主人公の挫折と再生をドラマチックに謳い上げた傑作。 俗世間との関わりを厭忌し、洋上の漂泊者となっていたジョン・ロセンデールが4年振りに帰郷する。久しぶりの再…

「髑髏島の惨劇」マイケル・スレイド

ミステリ界で異彩を放つスレイドの快作。「マイケル・スレイド」は、カナダの弁護士ジェイ・クラークを中心とするチーム作家のペンネーム。メンバーには古典的な本格推理小説の愛好家もいるらしく、謎解きにダイイングメッセージを採用するマニアックな展開…

「エリー・クラインの収穫」ミッチェル・スミス

謳い文句は「五感を刺激する」。翻訳された当時は、微に入り細に入り描写するスタイルが度肝を抜くという批評が並んでいた。物語自体はシンプルな警察小説で、ニューヨーク市警の「遊軍部隊」所属の女性刑事エリー・クラインを主人公とし、連続殺人事件の捜…

「恐怖の関門」アリステア・マクリーン

生命を賭けた冒険のあとに訪れる静寂。愛する者を無残に殺された男。その復讐を果たしたばかりの海は、どこまでも凪いでいる。マクリーン作品の中でも、最も余韻の残るエピローグだろう。冒頭から結末まで息つく暇もなく疾走する物語。恐らく、冒険小説に謎…

「エンドレス・ゲーム」ブライアン・フォーブス

映画俳優、監督でもあったフォーブス1986年発表作。英米で絶賛されたらしいが、続編ありきの中途半端な結末で、本作だけでは評価のしようがない。主人公はMI6諜報部員ヒルズデン。元同僚で恋人だった女の殺害事件が、国際的な謀略と繋がり、その真相を追い求…

「QD弾頭を回収せよ」クライヴ・カッスラー

大胆な着想で話題となった「タイタニックを引き揚げろ(1976) 」で人気に火がついたカッスラーが、その勢いのままに発表したダーク・ピットシリーズ第4弾。活劇を主体とするヒーロー小説で、リアリズムよりもスピード感に満ちたエンターテインメント性を重…

「かわいい女」レイモンド・チャンドラー

本が売れない時代に多少なりともネームバリューがある作家の力を借りて売り出すという意図は理解できる。だが、長年ファンに親しまれたタイトルを排して「水底の女」などという思わず虚脱してしまう邦題を付けるセンスには辟易する。「長いお別れ」を「ロン…

「殺しのデュエット」エリオット・ウエスト

私立探偵ジム・ブレイニーを主人公とする唯一の長編。1976年発表で、時代背景は決して古くはないのだが、ノスタルジックな読後感があるのは、人物設定や一人称の語り口が所謂「正統派ハードボイルド」の形式に沿っている所為だろう。といっても、物語の展開…

「地を穿つ魔」ブライアン・ラムレイ

天才エドガー・アラン・ポーとは異なる次元で、幻想文学の礎を築いた奇才H・P・ラヴクラフト。稀有なその創造力が生み出した虚構の体系「クトゥルフ神話」(クトゥルー)の世界観は、独自の魅力に満ち、「素材」としての汎用性も高いため、優劣に関わらず…