海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2019-01-01から1年間の記事一覧

「深い森の灯台」マイクル・コリータ

ホラーと謎解き/ミステリのクロスオーバーは格別珍しいものではないが、重点の置き方で印象はがらりと変わる。いかにして読者を怖がらせるか、心理的に追い詰めていくか。謎が魅力的であればあるほど、闇が深ければ深いほど、物語は面白くなる。 海から遠く…

「ちがった空」ギャビン・ライアル

大空を翔る男たちのロマンに彩られた航空冒険小説。1961年発表、しっかりとした骨格を持つライアルのデビュー作で、宝捜しというオーソドックスなテーマに挑んでいることからも、新参者としての熱い意気込みが伝わってくる。第二次大戦が引き金となり英国領…

「パーフェクト・キル」A.J.クィネル

本作発表の1992年時点ではまだ覆面作家だったクィネルが、処女作と同じ元傭兵クリーシィを主人公に据えた作品。以降シリーズ化しており、結末で次に繋がる流れを用意している。 1988年12月、パンナム103便がテロによって爆破された。乗員乗客全員が死亡、落…

「ラジオ・キラー」セバスチャン・フィツェック

ベストセラーを連発するドイツの新鋭フィツェック2007年発表の第二作。一般市民をも巻き込んだ特異な犯罪の顛末を描く。 ベルリンのラジオ局を一人の男が占拠した。放送を通して、或る条件を満たさなければ、人質を順に殺していくことを告げる。要求は、行方…

「殺しのVTR」デヴィッド・リンジー

1984年発表、ヒューストン市警の刑事スチュアート・ヘイドンを主人公とするシリーズ第二弾。「暴力」に呪縛された人間の闇を抉り取る重厚な筆致に圧倒される秀作だ。 惨たらしい戦争の実態を映した作品によって評価を得ていた戦場カメラマンのトイは、次第に…

「0-8滑走路」アーサー・ヘイリー

1958年発表、ベストセラー作家のデビュー作。小粒な作品で完成度は低く、習作止まりといったところ。カナダを横断する飛行機内で食中毒が発生。操縦士も重態となり、搭乗していた元戦闘機パイロットの乗客が代行する。極めてストレートなプロットで、捻りが…

「ラム・パンチ」エルモア・レナード

1992年発表作。恐らく、作者の名を伏せて断片を読んだとしても、「これはエルモア・レナード」と分かるだろう。現代アメリカの〝自由〟を謳歌するが如く、社会の底辺にしっかりと根を張り、小狡い知恵を働かせて闊歩する小悪党らの生彩。生きの良い会話を主…

「二度死んだ男」マイケル・バー=ゾウハー

完全なるエスピオナージュ。処女作「過去からの狙撃者」に続き、CIA諜報員ジェフ・ソーンダーズを主人公とする1975年発表作。バー=ゾウハーは第三作「エニグマ奇襲指令」以降は、より娯楽性を重視した作風へと変わるが、初期ニ作は厳然たるスパイ小説で、そ…

「捕虜収容所の死」マイケル・ギルバート

1952年の発表から50年を経て飜訳され、ギルバート再評価の機運を高めた作品。1943年7月、連合軍が間近に迫り、敗色濃い枢軸国イタリアの北部。約400人にものぼる英国人らがいた将校専用の捕虜収容所では、脱走のための地下トンネルが掘り進められていた。間…

「KGB対SAS スーパー・ミサイル争奪作戦」ガイ・アリモ

1982年発表作。手に取ることをためらう邦題センスは別として、本作はなかなかの拾い物だ。新兵器開発で凌ぎを削る米ソ対立を背景に、タイトル通りの「スーパー・ミサイル」争奪戦が派手に展開するのだが、ハイテク軍事スリラーにアクション、秘境探検にホラ…

途中下車 〜海外ミステリ雑記帳〜

旅の途上でひと息入れた道すがら、どこまでも私的な海外ミステリの読み方について、その一端を脈絡のないままに記しておきたい。 ………………………………………………… 愛読する作家やシリーズは数多いが、一作品を読み終えた後は、しばらく距離をおくことにしている。集中し…

「旅の記録」としての海外ミステリ

海外ミステリや映画のレビューを綴られているブログ「僕の猫舎」のぼくねこさんが、この度「海外ミステリ系サイトのリンク集」をまとめられた。https://www.bokuneko.com/entry/2019/02/25/121721拙ブログも著名な方々と共に紹介して頂いており恐縮しきりな…

「雨を逃げる女」クリストフェール・ディアブル

1977年発表、仏推理小説大賞作。薄墨のような闇の中で展開するサスペンスは、フレンチミステリならではの味わいで、小品ながらノワールの香りも漂う。 主人公は、タクシー運転手のコール。雨の降りしきる夜、街を彷徨ったいた若い女を拾う。手には拳銃、語る…

「熊と踊れ」アンデシュ・ルースルンド/ ステファン・トゥンベリ

北欧ミステリ界の精鋭として脚光を浴びるルースルンドが脚本家のトゥンベリと共作したクライム・ノベル。読了後、スウェーデンで実際に起きた犯罪をもとにしており、トゥンベリが事件関係者の身内であることを知ったのだが、そこでようやく納得できた。実は…

「象牙色の嘲笑」ロス・マクドナルド 【名作探訪】

1952年発表、シリーズ第4作。新訳を機に再読したが、リュウ・アーチャーの精悍さに驚く。無駄無く引き締まったプロット、簡潔且つドライな行動描写、シニカルでありながら本質を突くインテリジェンス、人間の業を生々しく捉える醒めた視点、抑制の効いた活…

「ロンドン・ブールヴァード」ケン・ブルーエン

アイルランド人作家ブルーエンが、影響を受けた犯罪小説家らに捧げるオマージュ。一人称による切り詰めた文体、テンポ良く場景を切り替えていく映像的な手法で、シニカルでダークな世界を構築している。頽廃と昂揚、無情と熱情を対比させつつ、ノワールのエ…

「ハマースミスのうじ虫」ウィリアム・モール

長らくの絶版で「幻の名作」と喧伝された1955年発表の犯罪小説。一風変わった予測不能の展開は新鮮な面もあるが、今読めばやはり全体的に古い。証拠を残さずに恐喝を繰り返す男バゴットに憤慨した素人探偵デューカーが、独自に調査し、罠に掛け、自滅する間…

「夜歩く」ジョン・ディクスン・カー

執筆時25歳のカーが1930年に発表した処女作。いささか緩慢な構成や緻密さに欠ける仕掛け、浅い人物造形などに若さを感じるが、隆盛期にあったミステリの世界に新風を吹き込もうという気概に溢れている。後に開花する怪奇趣味や不可能犯罪への愛執にも満ちて…

「レイドロウの怒り」ウィリアム・マッキルヴァニー

1983年発表、グラスゴウ警察犯罪捜査課警部ジャック・レイドロウを主人公とする第2弾。前作「夜を深く葬れ」よりも更に硬質で濃密な文体となり、一文一文を読み飛ばすことが出来ない。一読しただけでは、重層的な修辞まで読み取ることは不可能だと感じた。…

「評決」バリー・リード

溢れ出る涙を抑えつつ、終盤二章を読み終えた。まさか、こんなにも感情を揺り動かされることになるとは、物語が大きな山場を迎えてのち、評決が下るシーンの直前まで、微塵も思っていなかった。万感胸に迫るラストシーンがさらに心を打ち、その後しばらくは…

「薔薇の名前」ウンベルト・エーコ

まず極論的な自論を述べれば、ミステリという薄いコーティングを施した糞長く退屈な「教養小説」であり、キリストの教義やあらゆる差別/横暴が罷り通ったヨーロッパ中世史に興味が無ければ、全く面白みのない作品である。 物語は、中世イタリアの修道院を舞…

「追いつめられた男」ブライアン・フリーマントル

元英国諜報部員チャーリー・マフィンが7年間に及んだ逃亡生活に終止符を打ち、新たな展開へと向かう1981年発表のシリーズ第5弾。これまでと同様の緊張感を保ちつつ、後戻り出来ない闘いへと赴く孤独な男を活写する。人物造形の巧みさについては改めて述べ…

「アメリカン・タブロイド」ジェイムズ・エルロイ

1995年発表、「アンダーワールドUSA」三部作の第一弾。アメリカ現代史の闇をエルロイ独自の史観と切り口で描いた野心作だが、拡げた大風呂敷の上に混沌の種子を散乱させたまま強引に物語を閉じているため、結局は収拾がつかずに投げ出した感がある。本作…

「白い国籍のスパイ」J・M・ジンメル

1960年発表、オーストリア人作家による独創的且つユニークなスパイ小説。恐らくジンメルは、ナチスドイツなどの非人道的蛮行を間近で見ていたはずだが、その実態をストレートに表現するのではなく、戦争の無意味さと、先導者/煽動者らの愚昧さを徹底したア…