海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

スパイ/冒険小説

「悪魔の参謀」マレー・スミス

実在したコロンビアの麻薬密売組織メデジン・カルテルを題材とした1993年発表作。今現在に通じるアクチュアルなテーマに切り込んだ大作/力作だが、情報を詰め込んだ濃密な文体のため、テンポが鈍く、読了するまでかなりの時間を要した。ただ、終幕は凄い。…

「プロフェッショナル」ウォルター・ウェイジャー

1982年発表作。結論から述べれば、緊張感に乏しい凡庸なスリラーだ。卓越した技倆を持つ殺し屋同士の対決を描くという本筋は、新鮮味はないものの、料理の仕方で幾らでも美味にできる設定。だが、骨格が柔な上に、肉付けした部分がひたすらに薄く、不味い。…

「エスピオナージ」ピエール・ノール

冷戦期の非情な諜報戦を描いた1971年発表作。現題は「十三番目の自殺者」。ソ連高官の亡命をめぐる東西諜報機関の腹の探り合いを主軸に、同時期に続発した西側高級官僚の不可解な死の謎を絡めて、四部構成でじっくりと緊張感を高めていく。終盤では全ての伏…

「ハッテラス・ブルー」デイヴィッド・ポイヤー

少年期、スティーヴンソン「宝島」の世界に魅せられたように、男にとって〝宝捜し〟は幾つになっても胸躍るテーマだ。当然、冒険小説作家にとっても一度は挑戦したい題材に違いなく、多様なアイデアを駆使した〝大人のための「宝島」〟が、今も生み出され続…

「シベリアの孤狼」ルイス・ラムーア

1986年発表、ほぼ全編にわたりサバイバルが展開する異色作。主人公は、米国空軍少佐ジョー・マカトジ。最新鋭機のテスト飛行中、ソ連GRUの策略で強制着陸させられ、収容所送りとなる。男は機密を漏らすことなく即効脱走する。眼前に拡がるのは、荒涼とし…

「ちがった空」ギャビン・ライアル

大空を翔る男たちのロマンに彩られた航空冒険小説。1961年発表、しっかりとした骨格を持つライアルのデビュー作で、宝捜しというオーソドックスなテーマに挑んでいることからも、新参者としての熱い意気込みが伝わってくる。第二次大戦が引き金となり英国領…

「パーフェクト・キル」A.J.クィネル

本作発表の1992年時点ではまだ覆面作家だったクィネルが、処女作と同じ元傭兵クリーシィを主人公に据えた作品。以降シリーズ化しており、結末で次に繋がる流れを用意している。 1988年12月、パンナム103便がテロによって爆破された。乗員乗客全員が死亡、落…

「二度死んだ男」マイケル・バー=ゾウハー

完全なるエスピオナージュ。処女作「過去からの狙撃者」に続き、CIA諜報員ジェフ・ソーンダーズを主人公とする1975年発表作。バー=ゾウハーは第三作「エニグマ奇襲指令」以降は、より娯楽性を重視した作風へと変わるが、初期ニ作は厳然たるスパイ小説で、そ…

「KGB対SAS スーパー・ミサイル争奪作戦」ガイ・アリモ

1982年発表作。手に取ることをためらう邦題センスは別として、本作はなかなかの拾い物だ。新兵器開発で凌ぎを削る米ソ対立を背景に、タイトル通りの「スーパー・ミサイル」争奪戦が派手に展開するのだが、ハイテク軍事スリラーにアクション、秘境探検にホラ…

「追いつめられた男」ブライアン・フリーマントル

元英国諜報部員チャーリー・マフィンが7年間に及んだ逃亡生活に終止符を打ち、新たな展開へと向かう1981年発表のシリーズ第5弾。これまでと同様の緊張感を保ちつつ、後戻り出来ない闘いへと赴く孤独な男を活写する。人物造形の巧みさについては改めて述べ…

「白い国籍のスパイ」J・M・ジンメル

1960年発表、オーストリア人作家による独創的且つユニークなスパイ小説。恐らくジンメルは、ナチスドイツなどの非人道的蛮行を間近で見ていたはずだが、その実態をストレートに表現するのではなく、戦争の無意味さと、先導者/煽動者らの愚昧さを徹底したア…

「カメンスキーの〈小さな死〉」チャールズ・マッキャリー

米国諜報機関工作員ポール・クリストファーシリーズ1977年発表作。翻訳数が少ないため一概には言えないのだが、マッキャリーは一作ごとに趣向を凝らしており、同一の主人公でありながらも随分と印象が異なる。基本軸は、激動の国際情勢を背景に謀略の渦中へ…

「リラ作戦の夜」マーヴィン・H・アルバート

1983年発表作。第二次大戦中のフランス南部にある港町ツーロンを舞台とした戦争冒険小説で、史実と虚構を巧みに織り交ぜている。 1942年秋。ドイツに敗北後、実質は傀儡に等しいヴィシー政権下のフランス。休戦協定によって小康状態にはあったが、所詮はまや…

「女王のメッセンジャー」 W・R・ダンカン

舞台となる東南アジアの濃密な空気感まで見事に再現した1982年発表のスパイ/スリラーの秀作。新興国家に渦巻く謀略の顛末をスピード感溢れる筆致で描き、劇的な流れで読ませる。 厳格な規律のもと、英国の最高機密文書を全世界で運ぶ〝メッセンジャー〟マー…

「クメールからの帰還」ウィルバー・ライト

1983年発表作。カンボジア奥地の谷に墜落した旅客機の生存者がサバイバルを経て生還するまでを描く。奇跡的に生き残った四人は、元英国空軍パイロットの主人公、客室乗務員のカンボジア国籍の女、十代の少年少女二人。彼らは行き着いた米軍の飛行場で放置さ…

「マギの聖骨」ジェームズ・ロリンズ

疾風怒濤の勢いでスリラー界に名を馳せるロリンズの「シグマフォース・シリーズ」〝第1弾〟。全編クライマックスという表現が相応しく、加速度的に疾走するストーリーには圧倒される。冒頭から結末まで凄まじい量の情報を盛り込みながら、破綻することなく…

「狐たちの夜」ジャック・ヒギンズ

ヒギンズは過去の作家として忘れ去られつつあるが、「鷲は舞い降りた」や「死にゆく者への祈り」が、今後も色褪せていくことはないだろうし、代表作を読めば事足りるという薄い存在でもない。本作のようにいささか強引な筋書きであろうとも、独自に構築して…

「スカイトラップ」ジョン・スミス

1983年発表、ジョン・スミスの処女作。翻訳本表紙カバーは、冒険小説ファンの心をくすぐる安田忠幸の装画。だが、素晴らしいのはそこまで。結論から述べれば、滅多にないほどの駄作なのである。その分インパクトがあり、逆の意味での面白さはある。版元の宣…

「過去からの狙撃者」マイケル・バー=ゾウハー

スパイ/スリラー小説の醍醐味を堪能できるバー=ゾウハー1973年発表の処女作。二重三重に仕掛けを施したプロットは、後の「エニグマ」、「パンドラ」で更に深化するのだが、無駄なく引き締まった本作も決して引けを取るものではなく、綿密に練り込まれた構…

「優雅な死に場所」レン・デイトン

登場する人物全てが正体を隠し、偽りの言葉で煙に巻く。それは主人公の英国秘密情報部員も然り。名無しの「わたし」は、急場を凌ぎ、僅かな情報の欠片を集めることに留意する。時と場を変えて繰り返される曖昧模糊とした駆け引き。真意が見えず、その言動が…

「逆転のベルリン情報」L・クリスチャン・ボーリング

1985年発表作。垢抜けない邦題もあってか、翻訳された当時は全く話題になっていなかったが、冷戦期の分断ドイツを舞台としたスパイ小説の力作である。長いプロローグとなる前半で下地をつくり、26年後の二重スパイ狩りへと繋ぐ。壁の築かれた東西ベルリンの…

「サハラの翼」デズモンド・バグリイ

名作「高い砦」(1965)によって冒険小説ファンを熱狂させたバグリイは、1983年に59歳の若さで死去するまで、常に高水準の作品を発表し続けた。概ねプロットはシンプルで、冒険行もストレート。簡潔な文体によるシャープな活劇小説の書き手として、日本の読…

「大統領暗殺特急」ジェイムズ・セイヤー

要人暗殺を主題としたスリラーは数多く、〝ターゲット〟も千差万別だが、中でも米国歴代大統領は世界に及ぼす影響もあり、標的リストの「筆頭」といっていい。特に、第二次大戦において戦況を左右する重要人物の一人であったルーズベルトは、ヒトラーやチャ…

「スパイたちの聖餐」ビル・グレンジャー

第一作から人物造形が深化しているとはいえ、完成度はまだ足りないと感じた。ベトナム戦争時、CIAは宣教師や新聞記者などを工作員として利用していた。その一人、宣教師タニーがタイとカンボジアの国境近くに姿を現わす。行方不明となってから20年が経ってい…

「暗号名レ・トゥーを追え」チャールズ・マッキャリー

ジョン・F・ケネディ暗殺事件は、20世紀における米国史上最大のミステリともいわれている。今も数多の陰謀論の種子となっている要因は、混迷した世界情勢下で国内外問わず「敵」と目されていた存在があまりにも多く、加えて各々が多種多様な動因を抱えてい…

「リンガラ・コード」ウオーレン・キーファー

1972年発表作。凋落した帝国主義国家ベルギーの植民地コンゴ。その豊富な資源を巡る紛争を主軸に、傀儡政権と反政府ゲリラ、その影にいる米ソなどの思惑が入り乱れた諜報戦が展開する。テーマが絞り切れておらず、構成力が弱い。相関関係が整理しきれていな…

「ケンブリッジ・シックス」チャールズ・カミング

スパイ小説は当たり外れが特に多いジャンルで、ル・カレやグリーンを継ぐ、フォーサイスと比肩する、注目の大型新人登場など、威勢の良い宣伝常套句の大半は眉唾物なのだが、中には大傑作も当然含まれているため、読書リストから外すわけにはいかない。だが…

「傷心の川」ジョン・バカン

心の奥深く、いつまでも波打つ感動をもたらす「最後の、そして最高の冒険小説」。翻訳数は僅かながら、不慮の事故死(1940年2月11日)を遂げた翌年に出版された「傷心の川」がジョン・バカン畢生の名篇であることは間違いない。本作は、厳格さと慈愛を兼ね備…

「ロセンデール家の嵐」バーナード・コーンウェル

伝統の英国冒険小説の底力に平伏すコーンウェル1994年発表作で、没落した貴族の末裔である主人公の挫折と再生をドラマチックに謳い上げた傑作。 俗世間との関わりを厭忌し、洋上の漂泊者となっていたジョン・ロセンデールが4年振りに帰郷する。久しぶりの再…

「恐怖の関門」アリステア・マクリーン

生命を賭けた冒険のあとに訪れる静寂。愛する者を無残に殺された男。その復讐を果たしたばかりの海は、どこまでも凪いでいる。マクリーン作品の中でも、最も余韻の残るエピローグだろう。冒頭から結末まで息つく暇もなく疾走する物語。恐らく、冒険小説に謎…