海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「八番目の小人」ロス・トーマス

1979年発表のスパイ・スリラー。玄人向けと評されるトーマスだが、決して敷居は高くない。スタイルの近いエルモア・レナードと同様、生きのよい会話を主体にテンポ良く展開するストーリーは、時にうねるようなグルーヴを伴い陶酔感をもたらす。第二次大戦終…

「木曜日の子供」テリー・ホワイト

心の片隅にいつまでも残る余韻。あの後、登場人物たちはどんな人生を送ったのだろうと、日常の中でふと思いを馳せる物語。デビュー作「真夜中の相棒」(1982)は、そういった読後感を与えた数少ない作品だった。女性作家テリー・ホワイト(Teri White)が、…

「鉄道探偵ハッチ」ロバート・キャンベル

土砂降りの雨の中、暗い山の尾根を走る列車。シカゴ発、サンフランシスコ/オークランド行き「ゼファー号」に、ジェイク・ハッチは乗っていた。職業は、様々な犯罪やトラブルの解決に当たる鉄道探偵。今夜もひと仕事終えて、馴染みの女の家へ向かう途中だっ…

「ユダの窓」カーター・ディクスン

1938年発表作で、古典的名作として世評が高い。法廷を舞台に殺人事件の被告が有罪か無罪かを問う論証をメインとし、〝本格物〟の醍醐味を味わうには最良の設定。その分、場景は固定されたままで動的でないのだが、読み手は陪審員の一人として、じっくりと裁…

「ワインは死の香り」リチャード・コンドン

百万ポンドにのぼる莫大な借金。またしても賭け事で負けた。あと1カ月のうちにカネをつくる必要があった。英国海軍将校コリン・ハンティントン大佐は、追い込まれていた。起死回生の策を思い付くが、穴だらけだった。元部下のシュートに会い、プランを練り…

「死者の書」ジョナサン・キャロル

ダーク・ファンタジーの代表的作家と称されるキャロル、1980年発表の処女作。数々の名作を遺した伝説の童話作家マーシャル・フランス。高校教師トーマス・アビイは、少年期から憧れ続け、若くして逝った児童文学者の伝記を書くことが夢だった。そんな折、古…

「スパイよ さらば」ブライアン・フリーマントル

すべては生きるためだった。大戦終結後、ナチス・ドイツが併合していたオーストリアは英仏米ソが分割占領した。同時にウイーンは各国諜報機関の主戦場となった。ナチ戦犯追及機関の職員フーゴ・ハートマンは、頭脳明晰な現地工作員を求めていたKGBに勧誘…

「ハント姉妹殺人事件」クラーク・ハワード

1973年発表作。何とも素っ気ない邦題(原題は「killngs」)だが、警察小説の魅力を存分に堪能できる力作だ。舞台はロサンゼルス。或るアパートでハント姉妹が惨殺された。二人は一卵性双生児だった。死体は上下逆の向き合った状態で互いの頭と足を結ばれてい…

「ミステリガール」デイヴィッド・ゴードン

地元米国よりも日本で評判になったという「二流小説家」でデビューを果たしたゴードン、第2作目となる2013年発表作。タイトルから洒脱なハードボイルドを想像していたが、過剰なデフォルメを施した〝くせ者〟らが繰り広げる物語は、どこまでもオフビートな…

「孤独なスキーヤー」ハモンド・イネス

1947年発表作。南欧の雪山を舞台にナチスの金塊を巡る争奪戦が展開する。今では格別目新しさもない題材だが、発表年を考えれば先駆となる作品であり、後にスタンダードとなる着想をいち早くカタチにしたイネスは流石だ。主人公は元軍人ブレア。文筆で生計を…

「倒錯の舞踏」ローレンス・ブロック

1991年発表、マット・スカダーシリーズ第9弾。「八百万の死にざま」(1982)で80年代ハードボイルドの頂点を極め、中堅作家だったブロックは一躍大家として大輪の花を咲かせた。だが、以降スカダーの物語は急速に色褪せていく。あくまでも自論だが、枯れた…

「復讐者の帰還」ジャック・ヒギンズ

ヒギンズの翻訳作品中では、最も初期にあたる1962年発表作。サスペンスを基調とした小品ながら、ハードボイルドタッチで硬派な世界を創り上げている。スタイリッシュな好編だ。1958年、英国の街バーナム。土砂降りの雨の中、路地裏で気を失っていた男が、悪…

「狼の時」ロバート・R・マキャモン

1989年発表作。スパイ・スリラーとホラーをクロスオーバーさせた快作で、当時絶好調だったマキャモンがパワー全開で突っ走っている。第二次大戦末期、連合軍はノルマンディー上陸作戦に向けた準備を秘密裏に進めていた。そんな中、ドイツ占領下のフランスに…

「追跡者〝犬鷲〈ベルクート〉〟」ジョゼフ・ヘイウッド

1945年5月2日、ベルリン陥落。その2日前にアドルフ・ヒトラーは自殺した。1987年発表の本作は、ナチス・ドイツ総統の死は偽装であり、逃亡を謀っていたという前提に立つ。事前から綿密な計画を練っていたヒトラーは、妻となったエヴァと己の替え玉となる男…

「盗聴」ローレンス・サンダーズ

あとに「大罪シリーズ」で著名となるサンダーズ、1970年発表のデビュー作。ニューヨークを舞台に大胆不敵な犯罪の顛末を描く。ミステリの定型を打ち破る実験的な意欲作であり、犯罪小説の手法を一変させる革新性をも内包する傑作だ。 不法侵入罪で投獄され、…

「9本指の死体」ジャック・アーリー

サンドラ・スコペトーネの別名義による1988年発表作。〝女性作家〟という読み手の先入観を嫌い異性のペンネームとしたのかもしれないが、本作はどこまでも女性的な視点/トーンに包まれている。原題は「ドネートと娘」。父親と同じ警察官の道を歩んだ娘がコ…

「エースのダイアモンド」マーク・ショア

私立探偵レッド・ダイアモンドを〝主人公〟とする第2弾で1984年発表作。デビュー作「俺はレッド・ダイアモンド」(1983)は、趣向を凝らした設定とノスタルジックなムード全開でハードボイルド・ファンの喝采を浴びた。シリーズのコンセプトは明確で、1930…

「カーリーの歌」ダン・シモンズ

「この世には存在することすら呪わしい場所がある。……カルカッタはこの世から抹殺されるべきなのだ。」一行目から意表を突くモノローグ。この暗鬱で過激な序幕から、どう物語を展開するのか。当時は未知であった小説家の技倆に、間もなく読み手は瞠目するこ…

「サブウェイ123/激突」 ジョン ・ゴーディ

1973年発表のクライム・サスペンスで、大胆不敵な犯罪の顛末を多面的視点で描く。スピード感に満ちた展開は極めて映像的で、三度にわたって映画化もされている。犯人と警察の知恵比べ/攻防を主軸とせず、事件の当事者以外の第三者的人々の行動、社会への影…

「海外ミステリ専門誌」という呪縛

早川書房「ミステリマガジン」が〝海外ミステリの情報も掲載〟する定期刊行誌と成り果ててから久しい。 1956年創刊の前身「E Q M M」時代から、海外の優れた作家たちをいち早く紹介し、珠玉の短編や刺激的な評論で推理/探偵小説の魅力を伝え、多くの海外ミ…

「死ぬほどいい女」ジム・トンプスン

皮肉にも死後になって評価が高まり、米国ノワール界の代名詞的存在となったトンプスン。異端であり前衛でもあった不世出の作家は、半世紀以上を経て今も〝発掘〟の途上にあるのだが、この異才を受け容れる環境がようやく整ったということか。だが、書評家ら…

「緊急深夜版」ウィリアム・P・マッギヴァーン

経験上、新聞記者を主人公とするミステリは秀作が多い。加えて、作者自身が経験豊かな元ジャーナリストであれば、まずハズレはない。マッギヴァーンも、その一人。悪徳警官物の先駆「殺人のためのバッジ」(1951)や、レイシズムに切り込んだ名篇「明日に賭け…

「キングの身代金」エド・マクベイン

息子を返してほしければ、50万ドル用意しろ。若い男二人組が犯罪を実行に移す。大手靴製造会社重役キングの自宅から少年を連れ去り、脅迫電話を入れた。事は順調に運んだ。ただひとつ、最低最悪のミスは別として。誘拐したはずのキングの長男ボビーは、まだ…

「裏切りのゲーム」ディヴィッド・ワイズ

1983年発表作。ワイズは米国のジャーナリストで、CIA内幕物のノンフィクションを何冊か書いている。内情には詳しいらしいが、その経験は本作に生かされてはいないと感じた。謀略を巡る元スパイの捜査活動を主軸とし、娯楽的要素を重視。陰謀自体は荒唐無稽だ…

「殺戮の天使」ジャン=パトリック・マンシェット

持論だが、ストレートに悪と対峙して正義を成すことに比重を置くのが「ハードボイルド」、逆に悪の側面から正義のあり方を問い直す小説を「ノワール(暗黒小説)」と定義している。要は、主人公(=作者)の立ち位置がどちら側にあるか、で決まる。必然的に…

「ドゥームズデイ・ブックを追え」ウィリアム・H・ハラハン

1981年発表の謀略小説。このジャンルは概して大風呂敷を広げるものだが、アイデアの奇抜さで本作は群を抜いている。 ドイツ再統一を目指す結社が、東西分断を引き起こした元凶のソ連を崩壊させるために、前代未聞のシナリオを書く。西側から越境して武器を運…

「諜報作戦/D13峰登頂」アンドルー・ガーヴ

サスペンスの名手として知られるガーヴ、1969年発表の本格冒険小説。翻訳文庫版で230頁ほどの短い作品だが、冒険に賭ける男のロマンをストレートに謳い上げた秀作だ。最新鋭スパイカメラを積んだNATO軍用機が東側に寝返ったドイツ人技術者にハイジャックされ…

「三つの道」ロス・マクドナルド

私立探偵リュウ・アーチャーの創造によって、ハードボイルドの新たな地平を切り拓く前夜、1948年に本名ケネス・ミラーで発表した最後の作品。以前に書いたレビューの繰り返しとなるが、初期4作については、創作への迷いさえ感じとれる素描のようなものだ。…

「ニューヨーク1954」デイヴィッド・C・テイラー

読み終えて溜め息をつく。満足感ではなく、脱力によって。1954年、マッカーシズム吹き荒れるアメリカ。ニューヨーク市警の刑事マイケル・キャシディは、ダンサーのイングラム惨殺事件を担当する。男は拷問を受け、自宅は荒らされていた。間もなくFBI局員…

「叛逆の赤い星」ジョン・クルーズ

激闘の果て、心を震わす終幕。優れた小説は須くカタルシスを得るものだが、重く哀しい情景で終える物語であれば、それはなお倍加され、胸の奥深くに感動が刻まれていく。愛する者を守るため、我が身を焼き尽くす滅びの美学。数奇な運命に翻弄されながらも、…